絶許インビジブル
腐令嬢、頬綻ぶ
夏休みの帰省と同様に、大号泣しながらお兄様がプラニティ公国に帰ると、タイミングを計ったかのようにとある人物から手紙が届いた。
指定された日付は、冬休み最終日。
招待を受けた私はアズィムを伴い、随分と久しぶりにその家を訪れた。
「ヤッホー、サヴラ。勉強捗ってるー?」
「ごきげんよう、クラティラス。あなたよりは捗っているんじゃないかしら?」
自室で私を迎えたサヴラは、相変わらず綺麗にお化粧をしていた。
悩みに悩んで、やっと美容方面の選択肢を切り捨ててファッション方面への進路を決めたというが、しかし美の追求はこれまで通り継続するようだ。こういうところが、実に彼女らしい。
「レヴァンタ一爵閣下には、どれだけ感謝しても足りないわ」
部屋のあちこちにあるソファーの内の一つに隣り合って腰掛けると、サヴラはまずお父様へのお礼を口にした。
私はお父様が何をしたかまでは知らない。けれど彼女の願いが叶い、お兄様との婚約を無事に解消できただけでなく海外留学まで認めたということは、何かしらの形でパスハリア一爵閣下に働きかけてくれたのだろう。
「あたくしね、自分はずっと一人ぼっちだと思っていたの。お父様もお母様もあたくしなど愛していない、お兄様もお姉様も妹のことなど全く気にかけていない、使用人達ですら自分を見下してる。けれど、そうではなかった。考え方が違うだけで、皆はそれぞれあたくしのためを思っていたのよ」
サヴラの両親は『王家、もしくは王家と繋がりのある家に嫁ぐことこそが娘の幸せ』だと頑なに信じていた。
兄達は『自分達も不安ながら親の言う通りにして幸せになったのだから、妹もそうなるに違いない』と思っていた。
使用人達は『王宮は厳しいところだと有名なので、下手に甘やかしては辛くなる』『レヴァンタ家も先代の奥方は凄絶な嫁イビリで知られていたし、現夫人も相当な曲者らしいから今の内に鍛えておかねば』と必要以上に厳しく接していた。
サヴラ曰く、両親は頭が固いだけ、兄と姉とはコミュニケーション不足、使用人達については自分のために陰で泣いていた者もいたと聞いて逆に申し訳なくなったとのこと。
パスハリアの呪縛で凝り固まった両親を説得したのは、私のお父様――ではなく、お父様にお願いされたサヴラのお兄様、つまりパスハリア一爵子息だったらしい。
「本当に驚いたわ。まさかお兄様が、そんなことをしてくださるなんて思わなかった。幼い頃から、ほとんど言葉を交わしたこともなかったもの」
サヴラの言葉を聞いて、私も驚いたよ。どこぞの兄貴とは大違いじゃん。クソみたいな理由で静かにしてた時期もありましたけど。
「レヴァンタ一爵閣下からお話を聞いてすぐ、お兄様は初めてあたくしに会いに来てくださったの。あたくしが思いを伝えると今まですまなかったと詫びて、お姉様にも連絡してくれたわ」
サヴラのお姉様は現在、プラニティ公国で暮らしている。妹の苦悩と決意を知ると、彼女は夫であるフォマロ様――現アステリア国王陛下の弟君に相談したそうだ。フォマロ様はとても気さくな方らしく――悪く言うとプレイボーイで名を馳せる方なのだが――、喜んで協力を申し出てくれたらしい。そこでパスハリア一爵に宛てて『娘さんの言い分を聞いておやり、心配ならウチで面倒見るから。あ、嫁の妹ちゃんってことは弁えてるから手は出さないよ! そこも安心して!』といった内容のお手紙を送ってきたんだと。
王宮から出たとはいえ、相手は現国王の実弟。血族を何より重んじるのがパスハリア家だもの、サヴラのご両親も何も言えなくなるわな。
にしてもお父様……これ、絶対狙ってたよね?
サヴラのお兄様にまず声をかけたのは、石頭揃いだというパスハリアの中では年が若くて比較的頭が柔らかそうだったから、という理由だけじゃないだろう。
何たって敏腕と謳われる外務卿、人間関係やら人間心理やらを日々観察して学んでいらっしゃるらしいからね。サヴラのお兄様のこともいろいろとチェックして、何事も一人で決められないタイプっぽいぞ? と感じて目を付けたのかもしれない。
けれど何よりも外聞を気にするパスハリアの者なら、身内の揉め事は他人に漏らせない気質が染み込んでいる。相談するとしたらやはり身内の者、できれば今はパスハリアから離れた存在――となれば余所に嫁いだサヴラの姉に意見を求めるはずだ、とまで読んでいたんじゃないかな。
パスハリア一爵子息に伝えることで、最終的にはフォマロ様に動いてもらう――お父様は、そこまで計算していたような気がする。だとしたら、我が父ながらいい性格してるわー。
「お姉様からも、初めてお手紙をいただいたのよ。希望の学校に合格したら一緒に暮らそう、姉としてこれまで何もできなかったけれど大切な妹のために出来る限り力になりたいって……あたくし、本当に嬉しくて。あなたのように家族から大切に思われるなんて自分には絶対にありえないことだと思っていたから、夢が叶ったみたいで生まれて初めて喜びで泣いたわ」
そう言って、サヴラは恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。
これまでの彼女からは想像もできないほど穏やかで柔らかな笑顔を見ると、私の頬も思わず綻んだ。
家族の愛を感じられたことが、頑なに凍り付いていたサヴラの心を溶かしたんだろう。パスハリア令嬢として他者になめられてなるものかと彼女が肩肘を張り続けていたのは、家族達に認められたい、褒められたい、愛されたい――それ一心だったんだから。
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