腐令嬢、繋がる
「本当は、リゲル先輩に言われるまでもなくわかっていました。イリオス様はクラティラス先輩しか見ていない。そしてクラティラス先輩は身分なんて関係なく、イリオス様に選ばれて当然の人なんだって」
選ばれたというより、押し付けられただけなんですけどね……。
しかし我々のクソみたいな婚約エピソードなんてトカナは聞きたくもないだろうと思い、私は黙って彼女の次の言葉を待った。
「実はイリオス様を誘惑する計画、去年の夏合宿に決行するつもりだったんですよ」
おいおい、ここでまたアンビリバボーな発言が飛び出したぞ!
確かに王子とお泊まりなんてできる機会なんざそうそうないけど、あなたあの時まだ中一だったでしょうが! まだ子どもなのにふしだら、ダメ、絶対!!
「イリオス様の動きを追って、隙を狙って近付いたり、こっそり尾行したりして……クラティラス先輩と二人きりになった時も、わざと邪魔してやろうと考えていたんです。でもイリオス様、すごく楽しそうで。木に抱き着いて叫ぶなんていうちょっとおかしな行動を取っていましたけれど、それもクラティラス先輩の前だけで見せる姿なんだろうなぁって思うと、何もできなくなりました」
恐らく、森の中でロイオンとサヴラのことを相談していた時のことだろう。誰かに見られてるような気がしていたけれど、あれはトカナだったんだ。
「それでも自分を鼓舞して、イリオス様の部屋に侵入しようとしたんです。でも、お部屋は三階だったでしょう? 廊下には護衛の方がいらっしゃるし、外から入ろうにも梯子の代わりになりそうなものなんてないし、下からお部屋の灯りを見つめるしかできなくて。そうしたらクラティラス先輩が現れて、私が見上げるしかできなかった壁を平気でするする登って行っちゃったんです。それを目の当たりにして、この人には敵わないと思い知らされました」
トカナはそう言って、苦笑いした。
うっわ、
「でも……認めたくなかったんです。この人が選ばれたのは貴族だからだ、私が元の家にいられたならイリオス様に見初めていただけたはずだ。そう言い聞かせないと、私がお姉様を恨んだ理由がわからなくなってしまう。お姉様に嫉妬して、お姉様を傷付けて、お姉様を断ち切ったことを後悔してしまう……それだけは耐えられなかったんです」
「お姉様? もしや、ダーリア家の……?」
私の問いに、トカナは小さく頷いた。
「はい、私より一つ年上の姉です。エクサ・ダーリア五爵令嬢。引っ込み思案で地味な私と違って、エクサお姉様は明るくて華やかで……傾きかけたダーリア家を再建するためには、家柄の良い子息との婚姻が必要だったんでしょう。ですから、お姉様の方が残されるのは当然です。わかっています、わかっていたけれど……許せなかったんです」
エクサとトカナは、外見や性格こそ違えどとても仲の良い姉妹だったそうだ。
ヴラスタリ家にトカナが引き取られても、二人は交流を続けていた。ヴラスタリ家はもちろん、ダーリア五爵家も二人が会うことを禁じなかったらしい。二人を引き裂いてしまったことへの罪悪感もあっただろうが、それ以上にトカナの両親はエクサからトカナの様子を聞きたかったんじゃないか、手放した娘がちゃんと幸せでいるか気になって仕方なかったんじゃないか、と私は思う。
けれども徐々に、姉妹はすれ違っていった。成長するにつれ、貴族と庶民に分かたれた二人の環境に変化が出てきたせいだ。
特に毎年王宮で開かれていた第三王子の誕生パーティーの話は、最初こそトカナも興味津々で聞いていたけれど、その内にエクサが遠回しにそんな場所に招かれる自分はすごいと自慢しているように感じられてきて苦痛になっていたという。
「私が決定的にお姉様を見限ったのは四年前、スタジアムの落成式でイリオス様を初めて見た時でした。ヴラスタリのお父様が大口の投資をなさったとのことで、私も同伴させていただいたのです。聞けばイリオス様が登場する予定ではなかったそうで、あれは本当に幸運でした」
そのスタジアム落成式には、私も出席していたからよく覚えている。第二王子の代役として急遽イリオスが引っ張り出された、彼にとって初の民間イベントだった。
前から二列目という好条件のおかげで、目の悪いトカナにもイリオスの美しい顔貌はしっかりと見られた。エクサの言っていた王子様は、想像以上に素敵だった。この方の誕生日パーティーに毎年招かれ、今の自分以上に真近で御姿を見ることが許されていたのかと思うと、胸の中にあったモヤモヤは明瞭な嫉妬へと変貌した。
とはいえ、それだけだ。まだ姉と縁を切ろうとまでは思っていなかった。
「その会場には、お姉様もおりました。ダーリア家には投資できるほどの資産はありませんが、建設に必要となる人材の派遣に尽力したとのことで。お姉様達の席は私より後ろの列だったのですが……なのにお姉様は、第三王子殿下にアピールしようとあんな真似を。座席で飛び跳ねるだけに留まらず、客席を雪崩れ落ちてきたんです」
「ああ!? 宙返りに失敗して滑落したすんげー令嬢、いたいた! ジャンピングガール改めダイビングフォーリンガールだよね!?」
彼女のことは、私の記憶にもしっかりと刻み込まれている。
だって私、その子のすぐ近くにいたし、何よりあんなとんでもない勢いのダイブは忘れたくても忘れられないよ!
あの絶大なるインパクトを残した女の子が、まさかトカナのお姉様だったとは!!
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