軋轢デストロイヤー
腐令嬢、萌えちゅる
冬休みの間、私は部活を休みにすることを皆に宣言した。メンバーのほとんどが三年生なので、卒業試験に向けて皆も勉強しなくてはならない……というのもあるんだけど、それに加えて我々貴族にはもう一つ、大きなイベントが待ち構えているのだ。
そう、本格的に社交界デビューするための舞踏会――通称、デビュタントボールというやつである。
デビュタントボールは、貴族の令嬢が真のレディと認められる大切な儀式だ。開催日は毎年三月末日。その年度に成人を迎える令嬢達が王宮に召集され、純白のドレスを着て踊る……というと簡単なように聞こえるけど、実際はすんごくめんどくさい。会場には令嬢達だけでなく、親御さんもいらっしゃる。第三王子殿下の婚約者である私が、壁の花になって食べ放題なんてできるはずがない。わらわらと群がってくるであろう奴らを、一人前のレディとしてちゃっちゃかさばかねばならないのだ。
もう既に、お家にやって来たお父様のお友達のお貴族様方からも、デビューの際には是非自分と踊ってくださいと多くの声をかけられている。中には言うだけ言ってみたって人もいるだろうけど、笑顔で了承した手前、無碍にもできない。今の内、しっかり体力を付けておいた方がいいよなぁ。
しかし彼らがお近付きになりたいのはクラティラス・レヴァンタではなく、第三王子殿下のご婚約者。
アホ面下げてゴマ擦ってきた奴らに、どうせとっとと婚約解消するし、それが不可能だった場合でも結婚前に捨てられて死ぬから私に言い寄ったところで何の意味ないっすよーと吐き捨ててやりたいもんだ。
そのため今回の冬休みはダンスの練習も頑張らなくてはならず、その日も私は鬼講師とお母様にしばかれ倒し、くったくたのへっとへとの状態で部屋に戻った。
さて、入浴の準備ができるまで、いつも少しだけ時間がある。その間ソファでゴロゴロする、なんて無駄なことはしません。真っ直ぐに向かった先は、勉強用の机。
といっても、勉強するのではない。
「うっへへぇ〜、ゲリル✕ラクラスティは最高ですなぁ〜。ん〜、このシチュも美味し〜。萌え萌えちゅっちゅっ!」
抽斗から取り出した『ゲリラク本』を舐め回すように読みながら、私は萌えを補給した。
この本は、イリオスの兄であるディアス第一王子殿下に嫁いだアフェルナ王妃殿下が『覆面作家A』というペンネームで書いた短編集だ。冬休み前に受け取ったこの本を、一日一話ずつ読むのが今の私にとって最高の至福となっている。
ところで、ゲリルとラクラスティなるキャラはアフェルナが創作したものではない。リゲルの処女作である短編BL小説に登場する人物だ。アフェルナはそのお話を読んでその二人をいたく気に入り、作者であるリゲルに許可をもらって書いたのがこの『ゲリラク本』というわけ。
おわかりいただけただろうか?
つまりアフェルナが書いたのは、二次創作なのである!
二次創作よ、二次創作! オリジナルに留まらず、二次創作をも手掛ける者が現れたおかげで、さらに萌えの幅が広がったのよ! これってすごいことじゃない!?
アフェルナは速筆で、BL沼落ちしてからはいくつもの小説や詩を仕上げてきた。けれど最初に創作の原動力となった『この作品の続きやIFを見たい』という思いは、叶えられずにいた。曰く、原作があまりにも尊すぎて自分のような未熟者が触れるべきではない、と感じていたらしい。
その気持ちに変化が起きたきっかけは――――彼女が妊娠したこと。
周囲は祝福に湧き、ディアス殿下も熱く激しく喜んで毎日お腹に話しかけては号泣するという中、アフェルナは一人、誰にも言えずに思い悩んでいた。母としてやっていけるのか、自分などに育てられるのかといった不安ばかりが胸を占め、我が子の誕生を恐ろしくすら思うようになった、と彼女は密かに手紙で私に伝えてくれた。その結果、深い自己嫌悪に陥り、ディアス殿下をも避けて塞ぎ込むようになったそうだ。ずっとイビり倒していたスタフィス王妃陛下まで心配して、滋養のある食物を差し入れしてくれたんだとか。それが逆に申し訳なくて自己嫌悪はさらに募り、ついには赤子を産んだら死のうと考えたほどだったという。
それを救ったのが、私が最初にプレゼントしたリゲルの本だった。
何気なく開いたそれを再び読み、蘇る熱い萌えが胸いっぱいに満ちると、アフェルナはほとんど無意識に思いの丈を書いた。出産の不安も、死にたいという思いも忘れ、がむしゃらにゲリルとラクラスティのその後を、もしかしたら起こっていたかもしれない未来を、違う時に違う場所で違う出会いをしていた違う二人の世界、書いて書いて書きまくった。
すると、どうでしょう。まるで憑き物が落ちたかのように、爽快な気分になったではありませんか!
『私は新たな道を踏み出すことに怯えていただけだったと、やっと理解できたわ。けれど、もう失敗を恐れて震えるなんて愚かな真似はしない。どれだけ辛くても苦しくても、萌えがあれば頑張れるとわかったから』
中身を改められないよう、イリオスから直接渡された手紙にはそんなアフェルナの本音が綴られていた。
うん、萌えは本当に心の栄養剤だよね。アフェルナの本で萌えを摂取したおかげで、私も元気が出てきたぞ! 疲れ果てて棒みたいだった四肢にも力が漲ってきた!
ゲリルとラクラスティの学生パロ青春甘酸っぱBLを読み終えると、私は続きを読みたい欲を必死に堪えて本を閉じ、代わりに参考書を取り出した。そろそろイシメリアが呼びに来るだろうとはわかっていたけれど、やる気が満タンにまで充填されたので、僅かな時間でも勉強に費やそうと思ったのだ。
しかしページを開いた瞬間を狙ったように、部屋の扉がノックされた。あれれ、思ったより早かったな。
返事をしてドアを開けると、イシメリアが困ったような表情で告げた。
「あのクラティラス様、同じ学校の女生徒さんがいらしております。これから入浴だから出直してほしいと伝えたのですが、それなら終わるまで待つと言って聞かなくて」
「同じ学校の? どなたかしら?」
「トカナ・ヴラスタリ、と名乗っておりました。眼鏡をかけた小柄な娘です」
まさかの訪問者の名を聞くや、私はイシメリアに命じた。
「入浴は後でいいわ。すぐに通して!」
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