腐令嬢、呪祝う


「べ、別に? 私は友達やめるなんて言ってないし?」



 ツンデレのテンプレみたいな台詞を吐いてから、私は複雑な心中を払拭するように笑ってみせた。



江宮えみやだってさっき、私を助けたじゃん。服越しだったけど、接触するのもされるのも嫌いなのに『友達』の危機を黙って見ていられなかったってことでしょ? そういうのを自然にできるのが、友達だよ。いちいち学ぶとか許すとか、そんな難しく考えなくていいんじゃないかな?」



 するとイリオスもやっと美しい曲線を描く頬を緩め、凛とした顔立ちを柔和に綻ばせた。おお、絵に描いたようなイリオスマイルだ!



「さすが、大神おおかみさんですねぇ……腐っていても、ウルに友達が多かった理由がわかります。だから僕も、大神さんのことを」



 何かを言いかけたところで、イリオスは慌てて口を閉じた。


 何だ? 珍しくまともに褒めたのにもう終わりか? 私の悪行の数々を思い出して我に返ったかな? もっと褒めろよ讃えよ崇め奉れよ。ちっとも足りねーぞ!



「そーそそっそっ、そういえばクラティラスさん、お体の具合はどうです? お熱は?」



 取り繕うように、イリオスが体調を尋ねてくる。


 えー、今更ー? ミエミエの誤魔化しだねー? そんなに私を褒めたくないか、そうかそうか!



「微熱がちょっと出ただけだよ。どうやら私は『とても頑丈な体』みたいだから、もう熱も下がったかも。イリオスは?」


「へ?」



 私からも問い返すと、イリオスは間抜けた返事をした。



「昨日、すっごく調子悪そうだったじゃない。顔色なんて青とか白とか通り越して、透明になりそうな勢いだったし。いや、心配してたとかではなく? 根性捻くれ曲がってるとはいえ王子だし? あんなヤバげな状態のまま置き去りにしたことを、後で責任問われたら嫌だなーと思っただけで?」



 わかってる。こんなところで意地を張る必要はない。でもあんな突き放され方したんだから、素直に『心配してた』って言うのは嫌だったの!



「あ、ああ……大丈夫、です。すぐに回復しました。放送室の鍵は室内に残されたままだったんで、施錠して職員の方に預けましたぞ」



 イリオスがその後について答える。そこまで気を回せたくらいだから、本当に大したことはなかったようだ。わざわざ聞いて損した。


 微妙にキョドッてるところを見るに、でっかいうん○こウェーブでもきてたんだろう。確かにビッグすぎるウェーブ襲来時はトイレに駆け込むどころか身動ぎ一つできないし、寄るな触るな話しかけるなって状態になるよね。



「あの…………クラティラスさん。実は僕、あの時」



 やたら小さな声でイリオスが声を発した瞬間、寝室の向こうにある出入り口扉をノックする音が聞こえた。恐らくステファニの帰還だ。

 随分と遅かったのは我々がゆっくり話せる時間を作ることに加え、お菓子の解凍に手間取ったせいだろう。この世界、電子レンジがないもんねぇ。



「何? ああ、必死でうん○こ我慢してた件については誰にも言わないよ。友達だからね」



 部屋主は奥の寝室にいるとわかっているだろうから、あのノックは入室の可否を問うものでなく、これから入室しますよという合図でしかない。なので内緒話を続ける猶予はもうないと考え、私はイリオスの言葉を汲み取り手短に告げた。



「そ、そうですか。そうしてくれると、助かります……」



 イリオスが力無く答える。否定しないということは、やっぱりうん○こ我慢してたってので間違ってなかったんだな。


 さすが私と心の中で自分を褒めると同時に、配膳台を押しながらステファニが寝室に入ってきた。



「ゆっくりお話はできましたか? では改めて、イリオス殿下の記念すべき成人のお誕生日をお祝いいたしましょう」


「うわあ、すごーい!」



 配膳台を覗き込んで、私は思わず歓声を上げた。私の焼いた暗黒パンケーキに、十五本の蠟燭が立てられていたからだ。おかげで誕生日ケーキっぽさマシマシになってる!


 いや、よく見ると蠟燭じゃない。これは、もしや……!



「アズィム様のアイディアで、パンケーキを端を切って凍らせたまま蠟燭に仕立てました。切断したのは私、その先端にマッチを埋め込んだのはイシメリア様です」


「あの……そのマッチは食べなくてもいいんですよね?」


「すごいすごい! ありがとう、ステファニ! 皆の知恵と愛の結晶だね!」


「まさかマッチも食べろとは言わないですよね?」


「いいえ、一番の功労者はクラティラス様です。クラティラス様のパンケーキがなくては、ここまでおどろおどろしく、畏怖すら覚えるほど素晴らしい食物は生まれませんでした」


「聞いてます? マッチは食べませんからね?」


「イリオス、早く火を吹き消して! 願い事を心の中で唱えるのを忘れないようにね! それをやると、何でも願いが叶うらしいよ!」



「だーかーらー! マッチだけは食べたくないと言ってるでしょうがーー!!」



 その雄叫びで、十五のマッチの炎は綺麗に消えた。


 イリオスがその短い間に、願い事を唱えられたかはわからない。しかし彼の叫びは叶い、マッチまで食べさせられることはなかった。


 いくら私だって、そこまで鬼じゃないよ。王子に食物でないものを食わせて、何かあったら困るもん。一本くらいなら、と思わなくもなかったけれど。



 悪魔召喚の儀式用の祭壇じみたパンケーキと、蠟燭として立てられていたカチカチの冷凍パンケーキは、イリオスが全て胃に収めた。


 去年と同じで、すんげー脂汗流しながらすんげー泣いてたよ。どうやらまた粉の種類と配分を大幅に間違えてたみたい。けどお腹が無事なら、またケロッとした顔で『次のお菓子は何ですかなー?』なんておねだりしてくるだろう。


 奴は何故か、私の手作りお菓子中毒らしいから。

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