腐令嬢、跳ね起きられず
イシメリアに下がってもらうと、私はステファニにここへ来た用件を尋ねた。
トカナのことを問い質されるのではないかと、正直不安でいっぱいだったんだけれども。
「殿下がまだクラティラス様からの誕生日プレゼントを受け取っていないと聞き、剣で脅して取りに来させました」
とのこと。
いやいや、剣で脅したらアカンがな。サラッと言っていいことじゃないだろ。こいつら、いつのまにか主従関係が逆転してませんか?
「あー、はいはい。プレゼントのお菓子ね。うんうん、すれ違いで渡せなかったのよね。まだ冷凍庫に入っているから、持ってこさせるわね。帰ってゆっくり食べてね」
トカナの件ではなかったことに安心したので、私は彼らに目的の品を引き渡してとっとと帰っていただこうとした。
「いえ……ここで」
が、イリオスが躊躇いがちに口を開く。
「ええ、殿下はクラティラス様の目の前で召し上がることをご所望です」
補足説明すると、ステファニはベッドサイドの椅子から立ち上がった。
「イシメリア様にお伝えして、お菓子を出していただきます。私が責任持ってこちらまでプレゼントを持って参りますね」
「えっ、ええええ!? ちょちょちょ! 昨日から冷凍庫に入れっぱなしだから、カッチンコッチンだよ!? ここで食べるも何も、解凍が間に合わないって!」
焦り狂いながら、私はステファニの腕を掴んで必死に止めた。
「ご安心ください、これがあります。殿下、先にお渡ししておきますね」
けれど行かないでと切なる願いを込めた手はそっと解かれ――ステファニは言葉を終えるとスカートのポケットを探り、そこから小型のハンマーを取り出してイリオスに恭しく差し出した。
おいおいおい、花の女子中学生がポッケにハンマー忍ばせてんじゃねーよ。ロリコン泣かせにも程があるわ!
イリオスがそれを受け取るや、ステファニは高速で寝室を出て行った。二人きりにしてあげようと彼女なりに気を遣ったんだろうけど、今はそういうのいらないから! 何でこんなの連れてきたんだよ、ステファニのバカーー!!
ステファニがいなくなれば、当然のように寝室に重い沈黙が落ちる。
これは……キツイ。意気揚々と好きカプを布教していたら、それが相手のド地雷だったと聞かされた並にキツイ。
「あ、あら嫌だ。王子殿下様がいらしてくださりござったというのに、お茶も用意させてませんでしたでごわすわね! 今すぐに持ってこさせやがりますですわよ!」
とにかくこの空間から逃れたい一心で、私は横になった状態から半ブリッジのような形で跳ねて立ち上がろうとした。俗に言う、跳ね起きというやつだ。
しかし起き上がったまでは良かったけれど、掛け布団が絡まって着地体勢を崩してしまった。
「危ない!」
イリオスの鋭い声が飛ぶ。
前のめりに倒れかけた身は、何者かが腰に腕を回して阻止してくれたおかげで、床に墜落することを免れた。そのままベッドに仰向けに転がされたかと思ったら、ほっとする間もなく怒声が鼓膜を貫いた。
「あんた、どこまでバカなんですか!? 熱があるというのに無茶しないでください! 頭でも打って、それ以上バカになったらどうするんですか!?」
真上から私を見下ろすのは、普段より傾斜角度が険しくなった眉下に鎮座する二つの紅の瞳。
とてつもなく怒ってはいるみたいけれど、その表情は他人行儀じゃなかった。文句を言いつつ、アホだバカだと呆れつつ、それでも付き合ってくれた
それと認めるや、私のヘタレでヘナチョコな涙腺は呆気なく崩壊した。
「うっ……うええ〜ん! もう、口きいてくれないかと思ったぁぁぁーー!」
「それは……本当にすみませんでした。僕が一方的に悪かったです。ひどい八つ当たりをしてしまいました」
イリオスが静かに謝罪する。それでも、私の感情の暴発は収まらなかった。
「そうだそうだー! お前が悪いー! 何もかもお前が悪いー! なのに、あんまりなんだよぉぉぉーー!!」
泣き喚く私の涙をハンカチで拭きながら、イリオスはうんうんと頷いた。
「そうですね、何もかも僕のせいです。クラティラスさんは僕とヴラスタリさんを守るために、悪役になってくれたんですよね。突っ立っているしかできなかった僕とは大違いです。しかも友達が倒れかけたら手を伸べる、そんな当たり前のことも理解できていなかった。あなたは優しさで、僕を救おうとしただけだったのに」
「ずっと友達いなかったもんねー! 今も友達少ないもんねー! 普通なら、あんなことされたら友やめカットアウト一直線コースだぞ、このやろー!」
涙は拭いてくれたけど、やっぱり鼻水は放置された。おかげでズビズビと鼻を啜り続けたせいで、私はすっかり鼻声になってしまった。
「うん、まぁその通りです……でも」
イリオスはそこで言葉を区切って俯いてから、再び顔を上げて私を真剣な目で見つめた。
「僕はクラティラスさん……いえ、
呆然と、私はイリオスを見つめ返した。喉がつかえたように、言葉に詰まる。
その時の私の気持ちは、こいつって本当にアホなんだか賢いんだかわからない奴だなぁ……というのが半分。残る半分は『友達でいてほしい』という言葉に対して嬉しさを覚える反面、どこか不思議な寂しさを感じたことへの戸惑いだった。
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