腐令嬢、デジャヴる


「…………」

「…………ね」



 求愛する殿方達からレオが必死に逃げ回る姿を神視点でニラニラと眺めていたら、微かな人の声が耳に入ってきた。


 イシメリアが食事でも持って来たのかな。うーん、しかし今はちょっと手が離せない……というか脳が戻れない状態なんだよね。ほっとけば、適当に置いてってくれるだろ。


 微睡みとも妄想ともつかない狭間を漂う意識に任せ、聞こえてくる声を華麗にスルーすることに決めた私は、ビリビリに服を破かれた状態で泣きながら逃走を続けるレオを追おうとした。



「……よ。……ね」

「……すねー」



 が、イシメリアはやけにしつこく話しかけてくる。


 あー、うるっせえな。お前の旦那がお気に入りだっていう、アステリア王子三兄弟の禁断エロエロBLをこんこんと語って聞かせたろか。



「……眠っていると、本当に可愛らしいですよね。このままずっと起きなければ良いのに」


「ソーデスネー」


「側にいる時は小憎らしい顔してやがる小娘としか思っておりませんでしたが、離れてみてやっとわかることってあるのですね。この尊み、エグいくらいマイハートにどっきゅんこと刺さります。しかしこれは百合萌えではないので、脳内で勝手にカップリングなさらないでください。これとラらせるなんて、私に失礼です」


「ソーシマスー」



 起きなければ良いと思うなら、黙っとけよ。失礼でも何でもいいから、ほっといてくださいよ……。

 寝たフリを続けようにもあまりにうるさいので、私は布団の中に潜り込み、耳障りな音声を遮断した。


「あ、隠れちゃったじゃないですか。殿下のお声が大きかったせいです。クラティラス様の可愛い寝顔を、もっと堪能したかったのに。速やかに謝罪してください、イリオス殿下」


「え、ええ? 僕のせいなんですか? ……わかりましたよ、もう。クラティラスさん、ステファニ、本当にすみませんでした。僕が悪かったです」



 ……イリオス? ステファニ?


 はて、どっかで聞いたような……?



 再び妄想ワールドに身を委ねようとした私だったが――――すぐに跳ね起きた。


 待て待て待て、聞いたことあるどころの騒ぎじゃないぞ!



「あーあ、完全に起きてしまいましたね……久しぶりにゆっくり寝顔を観察できると思っていたのに、非常に残念です」



 人形のように美しく整った顔をガッカリ感で曇らせていらっしゃるのは、第三王子側近のステファニ・リリオン。



「お、おはようございます、クラティラスさん」



 ほぼゲームと同じまでに育った端正なお顔を引き攣らせながら挨拶してきたのは、イリオス・オルフィディ・アステリア第三王子殿下。



 何これ?

 何でこの二人が、私の部屋にいるの?


 というか、前にもこんな経験をしたことがあるような?



 デジャヴュのようなトンデモ状況に頭が追い付かず、ぽかーんとしていると――――彼らの背後からイシメリアがぼよよんと現れ、笑顔で告げた。



「クラティラス様を心配して、第三王子殿下がわざわざお見舞いに来てくださったのですよ。風邪が伝染るといけないとお止めしましたのに、どうしても愛しの婚約者に会いたいと熱烈に懇願なされたので、お通ししたのです。でも良かったわ」



 何が良かったのかわからず、私は曖昧に首を傾げた。



「お恥ずかしい話ですが、クラティラス様はいつもとても寝相が悪いのですよ。とんでもない寝姿を晒してしまった時のために私の羽織りを用意していたのですが、使う必要がなくて本当に安心しました」



 そう言ってイシメリアがバッサァと広げてみせたのは、以前着せかけられたネフェロのジャケットの二倍はあろうかという巨大なガウンだった。


 うわー、それなら寝姿どころか存在も消せそうだし安心安全だね!


 何なら、今から着せかけてくれてもいいのよ? だってステファニだけならまだしも、お連れ様は今一番会いたくなかった方だもの……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る