呪うも叶うもパンケーキ
腐令嬢、発熱す
「こんな寒い中、外套もなしに出歩くなんて。アステリエンザでなかったからまだ良かったものの、風邪で命を落とすという事例も少なからずあるのですよ?」
額の氷嚢を変えながら、イシメリアが小言を零す。
「ごめんなさい……ちょっと歩くつもりが、考え事をしていたせいで随分と遠出してしまったみたいで」
ベッドの中から、私はイシメリアに詫びた。するとイシメリアはベッドの傍らに跪き、ふくよかな手で私の手を握った。
「クラティラス様、どうか元気をお出しください。今回のお菓子がうまくいかなかったからといって、落ち込むことはありません。何度でも挑戦すれば良いのです。次は私がお教えします。ですからどうか、お気を落とさずに」
どうやら彼女は、私がイリオスに誕生日プレゼントのお菓子を拒絶されたショックで商都を徘徊したと思っているらしい。まぁ、大きくは外れていないか。
あの後――一人で帰れるから大丈夫だと言ったのに、リゲルはすぐに魔法で伝書鳥を呼び寄せ、レヴァンタ家に私の所在地を伝えた。というのも、私が熱を出していたからだ。
指摘されるまで自分でも気付いかなかったけれど、リゲルは私の顔を一目見ただけですぐにわかったらしい。あんなに驚いてたのは私の発熱に気付いたせいだそうで、レオと抱擁していたことは全くのスルーだったよね。
あ、レオは言い訳する前にショックで失神しました。あんまりにも可哀想だったから、私からリゲルに説明しておいたよ。何たって、お友達ですからね。
だけどリゲルは『こんなのでも良ければ毛布代わりに被せていきます!? お家に着いたら道に捨ててくれればいいですよ! 目を覚ませば勝手に帰ってくるでしょうから!』と言って、気を失ってるレオを私に押し付けようとすらしてきたよ。レオ、失神して正解だったかもね……リゲルのあんな発言を聞いたら、号泣必至だっただろうから。
運転手はお迎えついでに学校に寄って、バッグやコートも回収してきてくれた。渡す前だったお菓子も、そのまま戻ってきた。捨てるにも忍びなくて、冷凍庫に保存してもらっている。
パンケーキって、どのくらい保つんだろう? 誰も食べてくれないだろうから、自分で食べるしかないよなぁ……。
発熱したといっても、微熱程度である。頭痛腹痛関節痛もなければ、咳も出ていない。ほんのり体が怠いかなというくらいなので、ベッドに拘束された現状はひたすら退屈だった。
すると、考えたくないのに考えてしまう。トカナのこと、そしてイリオスのことを。
トカナはもう退部願を提出しただろうか? 今季いっぱいは在籍だけするにしても、二度と部活に来ないことは確実だ。リゲルには、まだ話していない。とても話せなかった。きっとすごく悲しむだろうから。
イリオスは、どうしてるだろう?
もう私のことなんて嫌いになったかな。咄嗟だったとはいえ、一番大事な約束を破っちゃったんだもんね。嫌われてるのは元々だったけど、口すら利いてくれなくなるかもしれない。体面もあるから上っ面だけは普通に接してくれる、とは思う。でも、心を許すことはなくなりそうだな。
私は左手を挙げ、薬指に嵌る指輪を見上げた。こんなもの、正直突き返してしまいたい。許されるなら、今すぐにでも窓から投げ捨ててしまいたい。『婚約者』として嫌々ながら付き合わせるくらいなら、すっぱり無視される方がマシだ。
もはや呪いの枷でしかないそれを、指から抜こうとして――。
「…………こんなことしたって、何の意味もないじゃん」
誰に聞かせるでもなく、当たり前のことを口にして、私は実行を中止した。
こんな時こそBLだ。ズンドコに落ちた精神向上を図るためには、萌えを補給しまくるしかない!
ということで私は目を閉じ、レオ総攻め総受け愛されまくり妄想の世界にダイブした。
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