腐令嬢、腐ィールド広がる


 はぁ、とレオは重い溜息をつき、まだ痛むらしい頭を撫でた。


 私のけたたましい泣き声を聞きつけ、レオのお母さんが仕事の手を止めて飛び込んできて『女の子を泣かせるとは何事か!』と問答無用で拳骨を食らわせたせいだ。


 あの拳骨、マジ痛そうだったなぁ……ガゴンッてすごい音がして私もビビッて、涙どころか呼吸まで止まりかけたもん。



「……つまり? 友達の色恋沙汰に首を突っ込んだ結果、両方に嫌われちゃったってわけ? 嫌われるのは覚悟してたけど、実際そうなるとやっぱり悲しかった、と?」


「まぁ、そういう感じ。自業自得の自己責任だとはわかってるけどね。理解してても、どうにも感情がついてこないってこともあるじゃん?」



 頼まれたわけでもないのに、同じ部活の友人それぞれを傷付けたくないと考えて、独断で二人を引き裂く悪役を演じた――――詳しくは言えなかったので、レオにはそのように概要のみ話した。



「ふぅん……あんた、いい奴じゃん。ちょっと見直した」



 てっきりまたバカ扱いされると思っていたのに、レオは心底感心したようにコーラルピンクの瞳を煌めかせた。



「こんな友達思いな奴、なかなかいないと思うよ。さすがはリゲルちゃんが選んだ友達だね」



 うーん、褒めるのはやっぱりリゲルベースなのね。


 複雑な表情をしていると、レオは身を乗り出して真正面から私を見据えた。



「あんたはその二人のために、良かれと思って頑張ったんでしょ? だったら泣かずに、堂々としなよ。大丈夫、あんたの優しさがわかる人はちゃんといるから」


『泣かないで、堂々としてなよ。大丈夫、リゲルちゃんの優しさがわかる人はちゃんといるよ。ほら、ここにも』



 クラティラスの執拗ないじめにリゲルが挫けそうになった時、ゲームのレオが放った台詞が蘇る。


 不覚にもまた泣きそうになって、私は必死に涙を押し留めた。またお母さんが殴り込んできたら、今度こそレオの頭蓋骨が粉砕されてしまう。



「友達の思いやりを理解できない奴なんて、切って正解だよ。また新しい友達を作ればいいじゃない。ほら、ここに良さげな奴がいるよ?」


「え……」



 レオの突然の提案をうまく飲み込めず、私はぱちくりぱちくりと何度も目を瞬かせた。



「んもう、察し悪いなー! 仕方ないから、俺もあんたの友達になってやるっつってんの! 合格したら、その紅薔薇支部とかいうところにも入部してあげるよ」


「いいの? でもあなた、私のこと……」


「あんたはリゲルちゃんの友達なんだから、悪い奴じゃないでしょ? もちろん俺も、リゲルちゃんの友達だからすごく良い奴だよ」



 にしし、とレオが頬杖をついて笑ってみせる。


 初めて見せてくれた笑顔はゲームと同じ、いやそれ以上に明るくて朗らかで、まるで光が差したように私の中の憂いを綺麗に吹き飛ばした。



「ありがとう……ありがとう、レオ!」



 椅子を蹴倒して立ち上がり、私は喜びに任せてテーブルの向かいに座っていたレオに抱き着いた。



「それにしてもレオ、あなた、なかなかの萌え要素を秘めているわね! 男の娘って今まであまり食指が動かなかったんだけど、今夜はあなたを主役にBL絵を描いてみるわ! お相手はやっぱりデスリベがいいかな? ううん、ネフェロ……いやいや、クロノもいけそう! こいつぁまたィールドが広がるぜーー!!」


「ちょちょちょちょっと、何を訳のわからないこと言ってんの!? いいから離れてくれる!? こんなとこ母さんに見られたら、今度こそ俺、殴り殺されるって!」



 レオがばたばた暴れて死亡フラグもいいところな言葉を吐いたその時――――死刑執行を待ち構えていたかのように休憩室の扉が開かれた。



「やっぱり、クラティラスさん!? どうしてこんなところに……!」



 飛び込んできたのは、死刑執行人どころじゃない。レオにとっては、魂まで奪い取る死神だった。


 レオが最もこの状況を見られたくなかったであろう相手――リゲルは、幼馴染と抱擁する私を見て、金色の目を見開いたまま固まっていた。

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