腐令嬢、和む
「信じらんない! お財布を置きっ放しだってことも忘れて、十個も注文するなんて。こんなバカ、見たことないよ!」
「す、すみません……うっかりしておりまして」
レオに責め立てられながらも、私はヘコヘコ頭を下げつつアゲアゲチキンを頬張り続けた。
だって、すっごく美味しいんだもん! 噛むとじゅわ〜って油と肉汁が溢れて、柔らかいのに締まった鶏肉にしっかり絡んで、この上なくジューシーオイシーなの。下味のスパイス加減も絶妙で、十個と言わず二十個だっていけそう。これはヤッソンのヤスチキ超えたかもしれないわ。
「しかも、十個ちゃんと食べるんだ……どうせお貴族のバカ買いだろうと思って、途中で音を上げるのを楽しみにしてたのに」
「え、音を上げるまで追加していいの?」
「いいわけないだろっ! どこをどう解釈したらそうなるんだよ、バカッ!」
バカバカと罵ってはいるけれど、レオは注文した後でお金を忘れたことに気付いた私を追い払わず、店主であるお母様にお願いして揚げたてのアゲアゲチキンを食べさせてくれた。
レオのお母様は、彼と同じでとても優しい人らしい。仲良くしている友人の娘――リゲルの友人なら自分にとっても友人だと言い、店舗の奥にある休憩室を貸してくれた。せっかくの揚げたてなのに外で食べては冷めてしまうし、コートもなしでは寒くて味わうどころじゃないだろうとのことで。
また私が一爵令嬢だと知っているのはレオのみで、彼の母親はこの近辺に住む庶民の子だと思ってくれているようだ。
で、何故レオが私のことを知っていたのかというと。
「あんた、リゲルちゃんとよく遊んでたじゃない。詩を売った後はいつも俺の家に来て遊んでたのに、急に付き合いが悪くなったからこっそり尾行したことがあったんだ。リゲルちゃんが変な奴に騙されてるんじゃないかって心配で、二人が別れた後にあんたがどこの誰かを突き止めてやろうと後をつけたら車でお迎えが来てビックリしたよ」
その車を必死に追って、第一居住区画に入っていくところまでを確認して、そこからあの手この手で私の身元を割り出したという。無駄なところでド根性を発揮する点が、実にレオらしい。まだ小学生の頃から、私の存在は彼に認知されていたってわけか。
「たまに家に来ても、クラティラスさんクラティラスさんって、あんたの話ばっかり。しかもあんたと一緒に通いたいなんてバカな理由で、アステリア学園に行っちゃうし……リゲルちゃんが俺から離れたのは、あんたのせいだ。だからって、俺は負けないよ? 俺もリゲルちゃんを追いかけることにしたし!」
「このお茶、美味しいね。落ち着く味だなぁ」
レオが淹れてくれたお茶は前世でよく飲んだ玄米茶に近い味わいで、私はホホンとほっこりした。いつも紅茶ばかりだったから、逆に新鮮だわー。
「俺の話、聞いてた!? 聞いてないよね!?」
「聞こえてる聞こえてる。お金は明日持ってくればいいんだよね?」
「やっぱり聞いてないじゃないかぁぁぁーー!!」
だむだむと木製のテーブルを叩き、レオが喚き立てる。
いやー、やっぱりレオって面白い子だわ。ゲームでも選択肢の度に、こんな感じで一喜一憂しては大悶絶してたよね。それがあまりに面白すぎて、全選択肢試しちゃったもん!
「それよりさぁ……あんた、何でこんなところを一人でうろついてたの? 一爵令嬢様で第三王子殿下の婚約者ともあろうお方が、あんまりにも不用心すぎない?」
最も聞きたくなかった奴の肩書きを耳にした瞬間、レオいじりで上がりかけた私のテンションはガターンと急速降下した。
「うん……まあ、いろいろあってね。私にも、一人になりたいっていう時があるんだ」
「まさか、リゲルちゃんと何かあった?」
急に心配そうな顔になって、レオが問う。このように、彼の思考回路は常にリゲル中心なのである。ゲームと本当に変わらないんだなと思うとおかしくて、つい笑ってしまった。
「違うよ、リゲルとは今もすごく仲良し。早く迎えに来ないと、あなたのことなんて忘れさせちゃうんだからね」
つんと人差し指でレオの額を軽くつついて――すぐに、初対面なのに馴れ馴れしい真似をしたと反省して謝ろうとして――そこで、助けの手を伸べることすら許さなかったイリオスのことを思い出してしまって、私の口元から笑みが溶けるように消えた。
「えっ……ちょ、ちょっとクラティラスさん? 何で泣いてるの!? 俺、何もしてないよね!? どどどどうしよ!? そ、そうだ! あぶぶぅ〜、んばばぁ〜、ほ、ほらぁ、レオ兄ちゃんがいるでちゅよ? だから泣かないでちゅよー? よーし、それじゃあとっておきの得意技だ! いないいな〜い〜……目を開けて舌まで出したまま寝てる父さんのヤバ顔! クソー、これもダメかー!!」
レオには年の離れた妹がいて、リゲルもその子を可愛がっている――と聞いたことがある。その妹ちゃんが泣いたら、レオはこんな風にあやしているのだろう。
会って間もないけれど、彼は私のことをリゲルとの時間を奪った邪魔者と見なしているらしい。いわば敵のような相手だ。なのに大切な妹と同じように懸命に泣き止ませようとしてくれて――そんなレオの優しさがイリオスの冷たさを引き立てて、余計に悲しくなって、私はオンオンと泣き続けた。
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