腐令嬢、寿命を食われる
美味しそうな匂いに腹が鳴る鳴る、ゴゥゴゥと。釣られて歩けばさらに強く香るよ、ムンムンと。
はぁ……どれだけショックを受けようと、お腹は空くんだよねぇ。
前世で好物だった、コンビニエンスストア『ヤッソン』のヤスチキに似た香りが、まるで催眠のように私を導いて歩かせる。前から食べたい食べたいと思っていたんだよね。今こそチャンスだ。
放送室からすごすご退散した後、私はアステリア学園の校門をフラフラ出て、近辺の商都を歩きながら飲食店通りを散策していた。
部活に行けば、どうしてもトカナのことを思い出してしまう。かといって家に帰ったら、イシメリアに『プレゼントはどうでしたか!? 殿下は生きてますか!?』って王子の反応を聞かれることは必至。
皆に会う前に、ちょっと気持ちを落ち着かせる時間が欲しかった。ならば気晴らしに普段とは違う行動をしてみようと考えて、ずっと気になっていた飲食店を巡ることにしたのだ。
息をするだけで肺が凍るんじゃないかと思うくらい空気は冷たく、灰色に澱んだ空からはちらちらと雪が落ちてきている。正直、とてつもなく寒い。
思い付きから身一つでふらっと来るんじゃなかったなぁ……お母様からもらった悪魔顔総柄プリントのババシャツ、嫌々ながらも着てきて良かったよ。何故かこのババシャツ、他のに比べると格段に温かいんだよね。代償に寿命を食われてんじゃないかと、たまに不安になるわ。
とはいえ、悪魔顔ババシャツだけじゃこの寒さは凌げない。悪魔ガードが届かない部分の方が多いわけだし、特に露出した素肌は寒いを通り越して痛いくらいだ。指先もかじかんで、ほとんど感覚がなくなっていた。
ガチガチ震えながら学校から一時間ほど歩いた頃だろうか、私はやっと目当てのお店を発見した。
半屋台がずらりと並ぶ中、目立ちもせず地味すぎもしない半端なその店は『おいしいアゲアゲチキンならここです』という看板とのぼりを掲げていた。
何人かが店の前に立っていたので、私も隙間から覗いてみる。すると売り子と思われる優しそうなおばさんに、にこやかな笑顔で声をかけられた。
「あらっ、アステリア学園の生徒さんね。『おいしいアゲアゲチキンならここですよ』にようこそいらっしゃい! 今帰りかしら?」
「ああ、はい。そうです……」
私は適当に相槌を打ち、曖昧に笑い返した。
制服のせいでアステリア学園生だというのはすぐにわかったようだけど、髪飾りの紋章にまでは突っ込まれず、ほっとした。こんなところで一爵家令嬢だって身バレしたら、面倒なことになりそうだもんね。てか『おいしいアゲアゲチキンならここですよ』って、まんま店名やったんかい。
「実はね、お友達の子もアステリア学園に通っているのよ。私の息子も、アステリア学園高等部を受験予定なの」
「そ、そうなんですね。が、頑張ってください……とお伝えください」
「ちょっと、こんな綺麗な子に頑張ってって言われたわよ! レオ、あんた絶対に合格しなさいよね! 勉強もあるんだし、無理にお店を手伝わなくていいから!」
おばさんが、後ろでフライヤーを担当している少年に向かって大声で告げる。
レオ? どっかで聞いたことある名前だな?
しかし私がそれが誰だったかを思い出す前に、その少年は作業の手を止めてこちらに向かってきた。
「うるさいなー、母さん。勉強の方は大丈夫だって、何度も言ってるでしょ。それで? いくつお買い上げしてくださるんですか、クラティラスさん?」
名を呼ばれるよりも先に、私は凍り付いていた。
目の前にいるのは、ふんわりとカールした金髪に、顔の半分ほどもあるんじゃないかと思うくらいに大きなコーラルピンクの瞳といった、超絶美少年。ネフェロとは別のベクトルで中性的で、ハニジュエとは違った意味で女の子と見紛うまでに可愛らしい顔立ちには、しっかりと見覚えがある。
同時に、思い出した。この外見のせいで彼のルートは通称『百合エンド』と呼ばれていたこと、そして二次創作界隈でも男の娘扱いされることが多かったことも。
間違いない――彼もまた『アステリア学園物語〜
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