腐令嬢、立ち塞がる
「あなたが白百合に入ろうとしたのも、王子とお近付きになりたいと考えるおバカな女子達と同じ理由だったのね。私に近付くという案を思い付いただけまだ賢いのかもしれないけれど、あなたの『先輩に懐くおバカな後輩』のフリ、とても演技とは思えなかったわよ? この私がすっかり騙されてしまったくらいだったもの。あれだけの芝居をやってみせるなんて、本物のおバカでなくてはできないわね」
「あら、おバカだからわからないのかしら? おバカを騙すくらい、とても簡単ですよ。せっかくですから、教えて差し上げましょうか? 自分がおバカだと知らないおバカは、驚くほど扱いやすいんですよ。『あなたみたいになりたい』と言ってちょっと持ち上げるだけで、勝手に調子に乗ってくれるんですもの。おかげでいつも笑いを堪えるのに大変でしたわ」
くっ……こいつ、なかなか強いぞ! だがしかし、負けてなるものか!
「あら、そうなの? 私は自分がおバカだと知らないおバカって、扱いにくいものだと思っていたわ。人の婚約者に恋慕するだけならまだしも、我慢できなくなって相手が嫌がろうと構わず誘惑したり、家柄に関係なく婚約者を愛していると何度も言われたらしいのにちっとも理解できてないみたいだから」
「……誰が理解などできるものですか!」
嫌味合戦を断ち切ってブチ切れたのは、やはりトカナの方だった。一番言われたくないだろうことをわざと突き付けたんだ、怒るに決まってる。
「イリオス様は、クラティラス先輩の家柄に惹かれたのではないと仰ってましたよね? しかしそもそも前提がおかしいでしょう! あなた達二人が婚約するきっかけとなったのは、貴族ばかりが招かれる誕生パーティーだったじゃないですか! イリオス様に近付くことが許されていたのは、貴族だけ。婚姻相手の選択肢は貴族のみという状況で、家柄は関係ない? あなた達が婚約するより先に、私みたいな庶民に何ができたと? 遠目でお姿を拝見するだけで精一杯だった私には、近付くチャンスすら与えられていなかったというのに!」
トカナの叫びには、悲痛な響きがあった。
どうやら彼女は、同じ学校に通うよりも前から恋心を抱いていたらしい。確かイリオスは、私達が婚約する数ヶ月前にスタジアムの落成式でイベントデビューしていた。それ以降、第二王子の代わりとしてあちこちに顔を出していたはずだから、庶民でも彼の姿を見て憧れを抱く者は多かっただろう。
しかしトカナの想いは、憧れで片付けられるほど生温いものではなかったようだ。アステリア学園に入学したのも、イリオスに近付くためだったのかもしれない。ううん、かもしれないじゃない。きっと彼女は、イリオスに近付きたい一心で、アステリア学園を選んだんだ。
それよりも気になったのは、トカナの貴族に対する嫌悪感。貴族である私に先を越されたからといっても、ちょっと行き過ぎている……ように思えるのだけれど。
「…………あなたも元は貴族の生まれ、でしたよね」
私の小さな疑問に解を示したのは、イリオスだった。
「あなたの生まれたダーリア五爵家は、貴族といっても経済的に貧困だったことはご存知でしょう。調べによるとあなたは当時五歳、既に物心ついていたはずですから」
イリオスの暴露に、トカナが目を見開く。まさか王子に己の身の上を調査をされるとは思ってもみなかったようだ。
余程自分の演技に自信があったんだろうな……ここに連れ込むよりもずっと前から、既に警戒心を抱かれていたなんて想像だにしていなかったに違いない。
「ご両親があなたを子宝に恵まれなかったヴラスタリ家へ養子に出したのは、あなたの幸せを思ってです。ヴラスタリ家の養父母も、毎日学校へ送迎を付けるくらいですから、あなたをとても大切にしていた。ヴラスタリ家は、そこらの貴族よりも資産があります。日々をギリギリで生きている庶民も多い中、何不自由なく暮らせているというのに、僕と出会う機会に恵まれなかったからといって己の身分を悲観するのは、あまりにも我儘ではありませんか?」
イリオスのド正論攻撃に、トカナはぐっと押し黙り俯いてしまった。
トカナは、庶民だから貴族に劣等感を抱いていたわけじゃない。自分も同じ貴族だったのに、という思いを拗らせて、貴族を目の敵にするようになったんだ。
きっかけは、イリオスに恋をしたこと。しかもそのお相手が貴族・オブ・貴族の一爵令嬢だったせいで、彼女は激しい憤りを覚えたんだろう。自分が養子になど出されていなければ、婚約した女よりも先に王子に見初められた可能性もあったかもしれないのに、と。
「……我儘で結構。私だって、どうにもならなかったことを嘆くことに意味などないと理解しています。だからといって、仕方ないの一言で諦めたくありません。ですから、こうして実力行使に出たのです」
ようやく口を開いたトカナは、そう言って再び顔を上げた。そして眼鏡を外して髪を解き、イリオスを真っ直ぐに見つめる。その目はほのかに潤んでいたけれど、並々ならぬ熱意に満ちていた。
「イリオス様、どうかお願いです。私を抱いてください。抱いてくだされば、わかるはずです。そこの婚約者と私、どちらの方があなたを深く愛しているかを。いいえ、わからなくても構いません。一度でいい、私に思い出をください」
両腕を広げ、中学二年生とは思えないほど発育した肉体を惜しみなく晒したトカナに、私は唖然とするしかできなかった。
待って待って待って? 何でそんな思考に至った!? せめてチューじゃダメなの!?
いや、チューもダメだろうな! だってイリオスは……。
「イリオス様」
トカナが、愛しの王子の名を呼びながら近付いてくる。
それに気付くと、私は慌ててぼんやりしていた己を叱咤し、素早く彼女の前に立ち塞がった。それだけに留まらず、全力を込めて彼女の頬に平手を食らわせた。
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