腐令嬢、突入す
まずは手がかりを、と考えてトカナの教室に行ったのは正解だったようだ。まだ残っていた彼女のクラスメイト達から、有益な情報を得られた。
聞けばトカナは今期の放送委員会に任命されたらしく、今週は下校時刻を告げる音楽を流す担当だったそうだ。ついでに戸締まりをするために、放送室の鍵を預かっていたという。
放送室は外から見えないし、おまけに防音。これだけの好条件が揃っているのだから、間違いない。
中等部の放送室があるのは、二階の職員室横だ。今日は三階会議室にて職員会議が行われているとかで、廊下は恐ろしいほど静かだった。誕生日に職員会議、まるでトカナのためにあつらえたかのような一日だ。何としてもこの日を逃したくない、という気持ちになるのも頷ける。
私がこれからしようとしているのは、彼女の勇気を踏み躙る行為だ。手を下せば最後、きっと元には戻れない。
けれども躊躇いを捨て、私は放送室の扉をノックした。
応答はない。それでも何度も何度もドアを叩き、蹴り、さらに体当たりまで食らわせるとようやく反応があった。
「…………クラティラスさん」
開いたドアから顔を出したのは、イリオスだった。その顔はひどく憔悴していたけれども、私の姿を見るや口元に淡く微笑みが宿った。まるで助かった、とでもいうように。
一体何があったのか問おうと瞬間、肩に衝撃が走った。ドアから私を引き剥がそうと、何者かが突き飛ばしたのだ。
扉が閉められそうになったので、私は慌てて隙間に足を差し込んで阻止しようとした。しかし、相手は構わずドアを閉めようと力を込める。靴を履いているから平気だと思っていたけれど、鉄製の扉は想像していたより重く、また相手の力が想像していたより強く、圧迫感がじわじわと痛みに変わっていく。
「…………っ、トカナ! いい加減にしなさい! あなたがそのつもりなら、人を呼ぶわよ!? イリオスがここに閉じ込められていると訴えれば、すぐに誰かが駆けつけるわ!」
この脅し文句が効いたようで、部屋から私を排除しようとしていた何者か――――トカナは、やっと手を緩めてくれた。
その隙に、私は室内へと滑り込んだ。
放送室の中には、イリオスとトカナ以外いなかった。驚いたことに、トカナは下着姿だった。
わざわざ問い質さなくとも、彼女が何をしようとしたかはわかる。でも、認めたくなかった。あれほどまで強固に私を拒絶しようとしたのが可愛がっていた後輩だなんて、信じたくなかった。
眼鏡の奥から憎々しげに睨む目も、噛み締めた歪んだくちびるも、殴り掛かりたいのを抑えるように両の握り拳を震わせる様も、初めて見るものだ。けれど、これこそがトカナの本当の姿なのだろう。
「トカナ、これはどういうことなのかしら?」
先輩を慕う偽りの仮面を脱ぎ捨てて素顔を見せたトカナに、私は飄々とした態度で尋ねた。本当は目を背けたい。見なかったことにしたい。ここに来なければ良かったとすら思っている。
だけどこの役割は、私がやるしかないのだ。
「どういうことだと聞いているのよ、トカナ・ヴラスタリ。後輩だから見逃してもらえるとでも思った? だとしたら、この私にも無礼を働いたことになるわね。私をそこまで腑抜けたおバカだと見くびっていたのですもの」
「…………だったら、どうだというんです」
低くトカナが声を漏らす。私は驚いたようにわざとらしく大袈裟に肩を竦め、冷ややかに笑った。
「そんなの決まってるわ、ヴラスタリ家に報告するまでよ。お宅の娘は嫌がる第三王子を無理矢理拐かすような真似をして誘惑しようとしただけでなく、婚約者の私にまで危害を加えようとしたとね」
「ほらね……何かあれば、すぐに家のことを持ち出す。ちょっと脅すだけで、庶民なんか簡単に言うことを聞かせられると思っている。それがあなた達、貴族のやり方なのよね?」
しかしトカナは臆することなく、私以上に凄然とした笑みで迎え撃った。その顔がずっと見てきたあの穏やかで優しい面差しと同一のものであるとは信じられず、まるで別人と対峙しているような感覚に襲われ、逆に私の方が怯んだ。
「お家に頼らなければ何もできないくせに、貴族というだけで偉そうにしないでよ! あなたがイリオス様に選ばれたのは『一爵令嬢だから』じゃない! あなたの魅力じゃなくて、権力のおかげで婚約者の座に居座ってるんじゃない! 生まれさえ選べたなら、私にだってチャンスはあったのよ!」
「ヴラスタリさん、そうではないと何度も説明しているじゃないですか。僕はクラティラスさんの家柄に惹かれたわけじゃ」
「イリオス、あなたは黙っていて」
堪り兼ねたのか、イリオスが進み出て反論しようとする。だが、私はそれを制止した。
「トカナは今、私と話しているのよ。あなたの出る幕ではないわ」
「黙るのはあなたの方でしょ。無理矢理割り込んできた部外者という立場だってことすら、わかっていないんですか? わからないでしょうね。いつも自分が主役、あなたにはそれが当たり前なんですもの。可哀想だから教えてあげますが、この場ではあなたは主役どころか脇役でもありませんよ? ただの邪魔者です」
私の言葉がさらに癇に障ったようで、トカナは冷ややかに吐き捨てた。
むむむ、何という嫌味な言い方だ。だけどこちらこそが本家の悪役令嬢、嫌味で来るなら私もお返してやるまでよ!
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