腐令嬢、ジャグリングす


 放課後になったらとっととプレゼントを渡して誕生日イベントを終了させてしまおうと思っていたのに、イリオスはちょっと用事があると言って私に待機をお願いし、どこかへと行ってしまった。気を利かせようとしたのか、リゲルとステファニも私を置いて先に部活へと行ってしまった。念の為にと、合計六本のハンマーだけを置いて。


 ところがイリオスの奴、なかなか戻ってこない。


 あの野郎、新手の嫌がらせのつもりか? イライラする私の顔が最高の誕生日プレゼントですーなんて言ったら、リゲル達が貸してくれたハンマーがぶち壊れるまで殴ってやる!



「あれ、クラティラスさん……?」

「えっと……一人で何してるの?」



 両手にハンマーを持ってイリオス討伐シミュレーションをしていると、恐る恐るといった調子で声をかけられた。


 殺気立った目を向けるも、そこにいたのは討伐対象ではなく、クラスメイトのリフィノンとアエトだった。



「ああ、ちょっとストレッチしてたのよ。この頃は勉強ばかりでストレスが溜まっていたから」


「あ、ああ……なるほど?」


「こ、個性的なストレッチだね……」



 適当極まりない言い訳に突っ込むなんて野暮な真似はせず、二人は引き攣り笑いで受け流してくれた。



「二人共、部活はもう終わり? 随分と早いわね」



 荷物も持たずに部活にすっ飛んで行くため、彼らは部活動が終わってから教室に戻って帰り支度をするとリコから聞いている。それは本当だったようで、二人は教科書をバッグに詰めながら揃って苦笑いしてみせた。



「うん。俺ら、そんなに頭良くないから卒業試験に向けて勉強しなきゃならなくて。絶対に高等部に行って、今のメンバーでバスケの大会優勝するって夢を叶えるんだ!」


「そのためにはまず、卒業試験をクリアしないとね。本当は部活を休んで勉強に専念すべきなんだろうけれど、俺ら、バスケをしないとストレスで勉強どころじゃなくなるもんだからさ」



 アステリア学園では、中等部の卒業証書がイコール高等部への切符となっている。つまり卒業試験に合格すれば、そのままエスカレーター式で高等部に上がれるという仕組みだ。つまりのつまり、それだけアステリア学園中等部の卒業試験は難易度が高いというわけ。


 もちろん、他の道に行きたい者は中等部修了資格だけを得て卒業することもできる。中等部の卒業試験合格者は毎年学年の六十パーセントほど、そこから高等部へ進学する率は八十パーセントほどなんだとか。ちなみに三年生までストレートで進級できるのは、入学時の生徒数の七十パーセントを切る。


 私の学年も最初は百を超える人数がいたけれど、留年したり自主退学したりで八十人弱くらいにまで減った。落第せずに残れただけでもすごいことなんだけど、そのくらいで満足してちゃいけないよね。



「よーし、私も今から勉強するわ! そうよね、今はストレッチする時間もイリオスを待つ時間も惜しむべきよね」



 ハンマーを片付けようと席に向かった私だったが、リフィノンの声がそれを止めた。



「クラティラスさん、イリオス様をお祝いするために一人で待ってたんだぁ? 相変わらずラブラブだねっ!」



 ラブラブじゃねーよ! 相変わらずイヤイヤのヤダヤダだよ!


 能天気に笑うリフィノンに、脳天からハンマーを叩き付けずに済んだのは、アエトのおかげだ。



「イリオス様、もし『あの子』に付き合っているのなら、ちょっと遅くなるかもね」


「『あの子』? イリオスは誰かと約束してたの?」



 ハンマーを持ったまま、私はアエトに問い返した。アエトはあからさまにしまったという顔をしたけれど、ハンマーでジャグリングしながら距離を詰めるとすぐに白状した。



「イリオス様、クラティラスさんに言ってなかったんだね……五限の授業の後、教室を出たらイリオス様を待ち伏せしてた女の子がいたんだ。イリオス様は彼女を連れてすぐにその場を離れたけど、一分と経たずに戻ってきたよ。だからきっと、後で話そうってことになったんじゃないかと思って」


「イリオス様とは顔見知りみたいだったし、何か大変なことがあったとかで相談に乗ってもらってるんじゃない? チラッと見ただけだったけど、その女の子、ひどく切羽詰まった表情してたからさ。あの雰囲気だと、話を聞くだけでも長引きそうだなーって俺も思った」



 アエトに続き、リフィノンも説明に加わる。


 アエトは私が『婚約者を待たせて他の女の子と会ってるなんて!』と怒ったりショックを受けたりしないかと心配して気遣おうとしてくれたみたいけど、リフィノンはさすが鈍感オブ鈍感、その女の子が『わざわざ誕生日に呼び出すくらいなんだからイリオスに気があるのかも?』とも考えなかったらしい。


 しかし、そのリフィノンが軽く放った重要な言葉を、私は聞き逃さなかった。



「リフィノン、どうしてその女の子がイリオスと顔見知りだってわかったの?」



 静かに尋ねると、リフィノンはからからと笑いながら答えた。



「だっていくら頭の良いイリオス様でも、学園にいる全員の名前までは記憶してないでしょ? でもその子、下級生みたいだったけど名前で呼んでたんだ。『ヴラスタリさん』って」



 ヴラスタリ。

 トカナ・ヴラスタリ。



『二人で過ごしている内に、どうも苦手になってしまったみたいで。だから、あまり二人になりたくないんですよ……』



 後輩のフルネームを思い出すと同時に、イリオスの吐露が蘇る。



 手から離れたハンマーが床に落ちるより先に、私は教室を飛び出した。



 イリオスとトカナを二人にしてはいけない。トカナが何を思ってイリオスを呼び出したのか、わからないけど……いや、違う。わかるからこそ、イリオスと二人きりにしてはいけない!


 恐らく二人は、人目につく場所を避けて会っているはずだ。トカナなら、どこを選ぶ? イリオスはどこならば了承する?



 必死に考えながら、私は二人を探した。得意のなりきり技でトカナ・ヴラスタリになれれば良かったのだけれど、そこまではさすがにできなかった。


 だって私は、トカナのことを何も知らなかった。まさか彼女がイリオスのことを慕っているなんて、想像したことすらなかったくらいなのだから。

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