悲しき悪役実演
腐令嬢、クリエイトす
十五歳というのは、アステリア王国における成人年齢だ。十五回目の誕生日を迎えれば、誰であろうと男女の区別なく『大人』と認められる。
「おめオス」
しかしその記念すべき日に、私から婚約者である第三王子にかけた言葉はそんな雑なものだった。
「ありティラス」
彼からの返答も、見事なまでに雑である。
十二月の第一週である本日、イリオスはついに成人となった。国王陛下は盛大にお祝いのパーティーを開きたかったらしいが、当の本人が説得して開催を中止させたのだそうな。その日は平日だから、招待されたら貴族達はお仕事を休まなきゃならないし、子息令嬢達だって学校があるもんね。
二年前に成人したクロノも、絶対嫌だといって逃げたらしい。というのも、その三年前に行われたディアス殿下の成人パーティーがとんでもなくひどかったんだって。国王陛下が喜びのあまりはっちゃけて、号泣しながら素のYOYO語で我が子への愛を叫び散らかし、さらには子どもの頃のようにディアス殿下を高い高いしようとしてしくじり、愛しの愛息子にバックドロップを決めてしまうという阿鼻叫喚地獄を生み出したんだとか。
クロノとイリオスから、当時の出席者達には箝口令が敷いて何とか事なきを得たんだとこっそり聞いた。ディアス殿下の結婚式を取り仕切ってる時は普通に威厳のある国王陛下って感じだったけど、あれは相当我慢してたんだろうなぁ。
クラスメイト達も昨年同様、それぞれがお祝いの言葉を伝えるのみでこれといった催しはなかった。一年生の時にクラス全員でお見舞いしたサプライズバースデー企画が、とてつもなく不評だったのでね。あれは発案した私が全面的に悪かったんですけれども。
それがなくたって今は皆、卒業試験や進学のための受験等で忙しいのだから無理させるわけにいかない。それにイリオス……というより中の人である
「クラティラス様、今年のプレゼントもやはり……アレですか?」
移動教室の合間を見計らい、小声で確認してきたのはステファニだ。人形のように整った顔は答えを聞くより前に既に強張り、琥珀色の瞳にも不安が滲んでいた。
「ええ、手作りのお菓子よ。今年は時間がなかったから、パンケーキを焼いてきたの」
「パンケーキ……なら大丈夫、かな? もしもの時のために家からハンマーを持ってきたんですけど、出番がなさそうで良かったぁ」
反対隣にいたリゲルが、ほっとしたように黄金の大きな瞳を笑みの形に細めた。
「リゲルさんもですか。私も同じくハンマーを持ってきました。念のために五本も。しかし製作者は、ゲテモノクリエイターのクラティラス様です。パンケーキとはいえ、用心に越したことはないかと」
ステファニはまだ安心できないらしく、真剣な顔でリゲルに注意喚起した。
ゲテモノクリエイターってひどくない? 今年のパンケーキは去年のクッキーほど固くないし! 焼きすぎて去年のクッキーより黒くなっちゃったけど! イシメリアには『そんな恐ろしいものを贈るなんて殿下の暗殺を狙ってると勘違いされたらどうするのですか!?』って必死に止められたけど!!
本人にリクエストされたから勉強の時間を惜しんで作ったってのに、何でこんな扱いされるかな? 納得いかないったらありゃしない。
私だって、自分にお菓子作りの才能がないのは理解している。自分で食べてみて、あまりの不味さに泣いたくらいだもん。しかし何故かイリオスには、私の手作りお菓子がドツボにハマってズンドコらしい。その証拠に、奴は今日一日、私の方をちらちら見ながらそわそわしていた。私がゲテモノクリエイターなら、あいつはゲテモノイーターだよ。
前世じゃ手作りお菓子なんて作ったこともないけど、一回くらい贈ってみれば良かったな。江宮も喜んでくれたかも…………とまで考えて、私はぶんぶんと首を横に振った。
いやいやいや、江宮なんか喜ばせてどうする!? あいつはBLを小バカにする敵だったろ!? 何なら今も敵だしエネミーだしエネ宮だし!? 最近いろいろとおかしいぞ、私!
「あ、あの……クラティラスくん? ぐ、具合が悪いのかな? 保健室で休みます? あっ、授業のことならご心配なく! 今日は前回分の復習の小テストなので、問題はまるでありませんでございますよ!」
イアキンス先生の焦り狂った声で、私は我に返った。両隣を見ると、リゲルとステファニも心配そうにこちらを見ている。いけない、授業中なのに全然勉強に身が入ってなかったわ。
「いえ、大丈夫です。授業のお邪魔をしてすみませんでした」
「とんでもない! お休みなさっても成績には響きませんし、何よりもお体を大切になさらなくてはいけませんでございますですよ!」
問題用紙に目を落としたものの、イアキンス先生が私の席までやってきて喚き立てるもんだからまるで集中できない。んもう、しつこいなー。
「大丈夫だと言いましたわよね? それとも私が授業にいると、ご迷惑になるのかしら? そうですよね、だってイアキンス先生は私のことを嫌っていらっしゃいますものね?」
「めめめ迷惑だなんて、ききき嫌うだなんて滅相もございません! ただ、あなた様のお体が心配で……いえ、心配しすぎた私めが悪いのです! 本当に失礼いたしましたぁぁぁっ!!」
私が何を言おうとしたか察したようで、イアキンス先生は慌てて教壇に戻った。そのまま半泣き顔のまま震えている。あーあ、あれじゃイケメンも台無しだ。
イアキンス先生があんなにも畏まるのは、私が一爵令嬢でイリオスの婚約者だからだと皆は思っているようだけど、実際はそうじゃないんだよねー。私、一年の時にあいつのせいで死にかけたんですよねー。おーおー、女子達が幻滅したと言わんばかりに醒めた目で先生のこと見てるわー。うんうん、イイヨイイヨー。まじであいつだけはやめとけ。中身はクソオブクソだから。
しかしイアキンス先生のおかげで、不気味な妄想は忘れられた。
本当に私、どうかしてる。プレゼントを贈るどころか、江宮の誕生日すら知らなかったことに今更気付いて、ショックを受けるなんて。
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