腐令嬢、知らぬフリをす
「信じられない……あなた達が、仲睦まじい風を装っていただけだなんて。アフェルナ妃殿下と同じように、あなたも中等部を卒業したらすぐに王妃教育のために王宮入りするものだと思っていたわ」
サヴラがひそひそ声で漏らした言葉を聞いて、ふと疑問が湧いた。
そういえば、ゲームのクラティラスも王宮に入っていなかった。イリオスを追ってアステリア学園に入ってきたけれど、聖アリス女学院卒業後に王宮入りせよという話はなかったんだろうか?
クラティラスはできる子だから、五爵家のアフェルナに比べて礼儀作法をしっかり身に付けているし、わざわざ王宮での王妃教育の時間を取る必要はないと思われてた……ってことかな?
「クラティラス、どうしたの? もしかしてあなた、本当はイリオス様と婚約解消したくないのではなくて? 何があったかは知らないけれど、身を引かねばと無理をしているのなら、せめてあたくしが話だけでも聞くわ。思い切って本音を吐き出せば、少しはすっきりするかもしれないわよ?」
サヴラが心配そうに問いかける。おかしなところで考え込んでしまったせいで、おかしな誤解を与えてしまったようだ。
「そ、そんなんじゃないし! あいつだけはまじでないから! 向こうもそう思ってるから! 私のことより、サヴラの進路よ!」
全否定してサヴラから顔を離すと、私は話の矛先を変えた。
「とにかく、学校の方向性だけでも決めよう。何かやりたいこととかないの?」
「あなたも知っての通り、あたくしにはこれといって突出したものがないのよ。やりたいことと言われても、咄嗟には浮かばないわ」
サヴラは眉を寄せて、困ったように吐息を零した。そのくちびるには、いつもと違って口紅が引かれていない。しかしお手入れは万全のようで、くちびるにも肌にも柔らかな艶があった。
そういえばサヴラのすっぴんを見るのって、初めてかもしれない。二年生の夏合宿の時は相部屋だったけど、結局追い出されたし……と過去を振り返ったその時、私の頭に閃きの神が舞い降りてきた!
「そうだわ、美容よ!」
脳裏に蘇ったのは、ロイオンに天然素材の紅を塗ってもらい、また様々な美容知識を教わってご満悦だったサヴラの顔。
「サヴラって、メイク上手いじゃん! すっぴんを見て気付いたわ。素顔と思わせて、実は結構盛ってたんだなぁって」
「婉曲にすっぴんはブスだと言ってるの? 殺すわよ?」
おっとぉ、言い方がまずかったか? サヴラ様ったら、超絶怖い目で睨んできたわよ!
「いやいや、すっぴんもカワイイヨー! ゴブリンなんて言ってゴメンネー!? それはさておき、メイクとか美容とか好きじゃん? そういう系の学校を狙ってみたらどうかな?」
絵画や彫刻といったアートも含め、メイクアップアーティストやファッションコーディネーターなど幅広い分野の専門科がある総合芸術学校の資料を差し出し、私はサヴラに助言してみた。
「さておかないけれど、メイクや美容について学ぶのは面白そうね。それに、ファッション関連も気になるわ。昔、自分の考えたドレスを作るというのを想像したことがあるの。あまりにも遠い過去だから忘れていたけれど、今やっと思い出したわ」
資料に目を通すサヴラの瞳は、既に明るく輝いていた。今私が目にしている子どものように無邪気な笑顔も、ずっと忘れていたのかもしれない。
やっと盛り上がってきたところだが、一旦終了せねばならない。部屋の扉をノックされたのだ。
慌てて資料を隠してドアを開けると、イシメリアがお父様の帰宅の知らせを届けてくれた。
一緒に行こうと思っていたのだけれど、サヴラは一人で話したいと言って私の同行を拒否した。だから、どんな話し合いがされたかは私にはわからない。
しかし一時間ほど後に戻ってきたサヴラは、とても晴れやかな表情をしていた。私は何も聞かなかった。サヴラも何も言わなかった。
時間も時間だったので、そろそろ就寝するようにとイシメリアはサヴラに客間への移動を勧めた。しかしサヴラは感謝の意を伝えつつもそれを丁寧に固辞し、私と一緒のベッドで寝た。
眠りに落ちるまで、私達は二人で未来への夢をああでもないこうでもないと語り合った。夜中、ふと目が覚めた時に、背後から押し殺した泣き声が聞こえてきたけれど――――私は知らないフリをして、目を閉じ続けた。
そして二週間後、パスハリア家からレヴァンタ家に婚約解消の申出が届いた。
現在アステリア王国に本人がいないので代理としてお父様がそれを受諾し、あれほど揉めていたのが嘘のように呆気なく、お兄様とサヴラは他人に戻った。
サヴラの今後が心配だったけれど、お父様は大丈夫だと力強く宣言してくれた。恐らく婚約解消の件も含め、パスハリア一爵といろいろな話し合いしたのだと思う。サヴラが婚約解消を求めたのは、お兄様を愛しているからこそ。お父様のことだから、それを知ってサヴラを『第二の娘』のように思い、彼女も何とかして幸せにしてやりたいと考えたのだろう。
お父様なら、化け物コミュ力を駆使してパスハリア一爵を説得できるかもしれない。説得できなくても、外務卿という立場を利用してサヴラの留学の手助けをしてくれるはずだ。何にせよ、お父様が協力してくれるなら心強い。
事が落ち着いた頃を見計らって、私もプラニティ公国の学校を受験したいと考えていることを両親に打ち明けた。お父様はサヴラの件もあったからか、見識を広げるのは良いことだとすんなり賛成し、お母様も来年戻ってくるお兄様の強烈ラブアタックから逃げるにはそれが良いかもしれないと納得してくれた。
あとは、自分達次第。
サヴラも私も、誰のためでもなく自分のために未来への道を選択した。これからは目標に向かって、頑張るのみ。
きっと夢は叶う、叶えられる。
だって私達の側には、励まし合い鼓舞し合える、同じ夢を抱く友がいるんだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます