腐令嬢、ぶっちゃける


 部室に戻ってみると、紅薔薇メンバー達は既に帰宅した後だった。リゲルの書き置きによると、私が抜けてすぐに打ち上げパーティーをお開きにしたらしい。後日改めてやり直そうということで皆の意見が一致したそうで、展示物の片付けだけをして解散したという。


 ねえ、ウチの部員達、本当に良い子揃いでしょう? 部長、嬉しさのあまり泣きそうになっちゃったよ……。


 踊り疲れてヘロヘロになっていたエイダとビーデスには残っていた飲み物で水分を補給させた上で少し休ませてから、家に帰ってもらった。



 そして、サヴラはというと。



「あら、なかなかいい部屋じゃない。飾ってある絵のセンスだけはどうかしてると思うけれど」


「生意気な口叩いたら、床で寝かせるわよ? ちなみにその絵、イリオス作だから。狂った額縁までメイド・イン・第三王子だから」


「ええと……ち、違うのよ? その、類稀なる個性が迸りすぎて……あの、輝きのあまり目が眩んで、どうかしてしまいそうになるほど素晴らしい、という意味ですからね? さすがイリオス殿下だわ!」



 掌大回転な発言をするサヴラに、私は呆れて溜息をついた。



 イリオスの奇怪画があることからわかるように、ここはレヴァンタ家の私の自室だ。サヴラがどうしてもレヴァンタ一爵――つまりが私のお父様に会って話したいと言って聞かなかったため、あのまま連れて帰ったという次第である。


 お父様はまだ帰宅していなかったため、サヴラは私の部屋で待機している。パスハリア家には、執事のアズィムが連絡してくれた。慌てて連れ戻しに来るのではないかと不安だったけれど、案外すんなり我が家に一泊させる了承をしてくださったという。


 アズィムがうまく言い含めたのか、それともパスハリア家がレヴァンタ家に駆け込まれたのならもうこれまでと諦めてしまったのか。恐らく後者だろうと、サヴラは面白くもなさそうに吐き捨てた。



「ねえ、サヴラ。あなたは海外に出て、どうしようと考えていたの?」



 部屋に運んでもらった食事を済ませ、給仕達にも下がってもらうと、私はサヴラに今後の身の振り方を問うた。



「中等部を卒業したらプラニティ公国の学校へ、とは考えていたのだけれど、何をするかまでは。けれど勉強さえできれば、困ることはないでしょう?」



 が、サヴラの答えはそんな曖昧なものだった。ったく、これだから世間知らずのお嬢様は!



「甘ーーい! そんなんじゃダメ! ダメにダメを重ねたダメダメのダメよ!」



 全力でダメ出しをすると、私はクローゼットの床下秘密スペースからプラニティ公国の学校に関連する資料を持ってきた。



「いい? プラニティ公国には、アステリア王国とは比較にならないほどたくさんの学校があるの。ここにある資料は、まだほんの一部よ。確かに勉強ができれば、倍率の高い学校に入学することは可能だわ。でもあなた、そんな漠然とした考えでこの膨大な学校の中からどうやって志望校を選ぶ気? くじ引きでもして、適当に選択するつもりなの?」



 どっさりと置いた資料を前に、サヴラは気圧されたようで、丸く見開いた目をぱちくりと瞬かせるのみだ。現実から逃げたい一心で海外進学しようとしていたみたいけど、そこでまた厳しい現実を突き付けられるとは思ってもみなかったらしい。



「どうせ、アステリア学園高等部みたいな高校教育を受けられる学校に行けばいいやって感じで、緩いこと考えてたんでしょ? プラニティ公国の学校は、基本的に専門知識を学ぶ場所なの。行ってから決めるなんて、順番が逆なの。おわかり?」



 サヴラが黙っているのをいいことに、私はここぞとばかりに熱弁した。



「プラニティでは、アステリア王国じゃ想像できないほど多彩な仕事が溢れていることくらいは知ってるよね? だから海外からも多くの夢追い人が集まって、その夢を叶えるための勉強をするの。それがプラニティの学校なの。適当に入れるとこに入れればいいなんて気持ちで受験するのは、本当に夢を持って頑張ってる他の人達に失礼だよ。それに入学したはいいけれど、全く自分と合っていない分野を勉強することになったらどうするの? 合ってない技能を嫌々身に付けて何の役に立つの? あなたはパスハリアの名に縛られない将来を切り拓くために、プラニティに行こうとしてるんでしょーが!」



 勢いに任せてテーブルの向かいに座るサヴラに顔を寄せたが、彼女は逃れるように目を逸らして項垂れた。



「そうね、あたくしは浅はかだった。パスハリア家を出たいという気持ちは確かにあったけれど、捨てるほどの覚悟までは足りなかったのかもしれないわ。でもね、一番の理由は……笑わないで聞いてくれる?」



 ちらりとこちらを見上げたサヴラに、私は顔を寄せたままこくこくと頷いてみせた。



「あたくしね……ヴァリティタ様と同じ経験をしたかったの。あの方の心は、手に入らなかった。だったらせめて、新たな地での経験を共有できたらと思ったの。それが叶えば、少しはこの気持ちに整理をつけられる気がして」



 うーん、聖地巡礼に近い感じかな? でもあれって、さらに愛を深める行為だよね? 私も何度か、推し達の住む地域のモデルになった場所に出向いたことがあるけど、楽しげに笑い合う推しカプの幻覚まで見えて、感動のあまり失神したもん。その時のことを今も鮮明に覚えてるくらいだし、相手を忘れたいなら、むしろ逆効果になるんじゃないかなぁ?


 そう思ったけれど、私は意見せずに黙っておくことにした。ヴァリティタというジャンルから撤退するために、サヴラ自身が必要だと決めたことだ。部外者が口出しするものじゃない。



「それなら、後でお兄様の部屋も案内しようか? 何なら置いてあるもの、適当に持って帰っていいよ。あ、せっかくならお兄様のベッドで寝る?」


「…………遠慮しておくわ。そこまでやると、ヴァリティタ様を感じすぎて未練が断ち切れなくなりそうだもの」



 少しの間を置いて、サヴラは私の提案をお断りした。


 私なら推しの部屋を見せてもらえるって言われたら、喜んで食い付くのになぁ。リアルの恋愛って、いろいろ複雑なもんなんだね。



「ところでクラティラス、何故あなたがこんなにたくさんプラニティ公国の学校の資料を持っているの? 最初はヴァリティタ様が置いていったものだと思っていたけれど、違うわよね? 見たところ、芸術系の学校ばかりだもの。ヴァリティタ様の留学先はヴォリダとの姉妹校で、主に世界史と生物進化学を専門とした学校だったはずよ。でも、そちら方面の資料が一切ないということは……」



 今度は、私が目を泳がせる番だった。



「ちょっと、クラティラス。あなた、まさか」



 サヴラがそんな私に更に顔を寄せ、キスまで数センチといった至近距離から問う。



「はい……そのまさかです」



 観念して、私はサヴラに打ち明けた。自分も、プラニティ公国への留学を考えていることを。


 まだ誰にも言っていないのは第三王子との婚約解消を狙っているからで、もちろんイリオスもこの計画を応援してくれているということまで、洗いざらいぶっちゃけた。

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