腐令嬢、塗り替える


「お兄様があなたを好きにならなかったのは、あなたが独りぼっちだったせいじゃないでしょう? あいつは見る目がないだけよ。この際だから、教えておくわね。お兄様はとんでもないアホよ。届いた手紙に書いてなかったかしら? 今はイリオスと結婚するつもりでいるらしいわ。きっと数年も経てば、あんなアホと結ばれなくて良かったと必ず感謝するわよ」


「イリオス、殿下と……は? 結婚……え?」



 さすがのお兄様も、例のアホすぎる将来設計についてまでは伝えなかったらしい。サヴラは泣いていたことも忘れて、ぽかんとした表情で大きな瞳を瞬かせた。


 それから私はちらりと背後に視線を向けて、再び彼女に向き直った。



「それと、誰にも愛されないなんて笑わせないで。あなたは気付いていないだけよ。いいえ、気付いているくせに、期待して裏切られることを恐れて自ら突き放しているのよね? 本当に臆病者なんだから」


「あ、あたくしは臆病者なんかじゃ……」


「だったら、無神経で視野が狭くていらっしゃるのね。皆に鈍感だと言われる私にもわかることが、理解できないのだもの。ゴブリンとあなたを嘲ったあるけれど、ゴブリンの方がまだ賢いのではなくて?」



 わざと嫌な言葉で煽ったのは、隠れている者を引きずり出すためだ。



「サヴラ様は臆病者でも無神経でもありませんわっ!」


「クラティラス様、いくら何でもこんな時までゴブリン呼ばわりはひどすぎます! サヴラ様に謝ってくださいっ!」



 稚拙な罠にあっさり引っ掛かって飛び出してきたエイダとビーデスは、私とサヴラの間に入り込み、支えになりたいと願った人を守るように立ち塞がった。


 私は不敵に笑い、戸惑うサヴラに向けてさらに告げた。



「この二人はね、パスハリアから誰にも言うなと口止めされていたのに、禁を破ってまで私に打ち明けてあなたを探していたのよ。私が告げ口をしたら、どんなことになるかも顧みずに」



 サヴラがはっとして二人を見る。


 娘が家出した件を、パスハリア家が最も知られたくなかった相手は間違いなくレヴァンタ家だ。パスハリア家にとって、恥ずべき事態だからではない。私のお父様なら気にせず、身を乗り出して捜索に協力すると言うと思う。しかし、パスハリア家はそうなることを恐れていた。家出した娘は、レヴァンタ家の子息との婚約解消を願っている。それを隠蔽したくて、ずっと外に出さないようにしていたのだから。


 なのにエイダとビーデスは、事もあろうかそのレヴァンタ家の娘に秘密を漏らした。


 彼女達は二爵家の令嬢、貴族の中においては上位ではあるけれども、我々一爵家に比べると社会的地位は低い。天下のパスハリア家でも貴族の家を潰せるほどの権限はないが、裏で手を回して孤立させることはできる。そうなれば、彼女達にろくな縁談が回ってこないばかりか、パスハリアの息のかかった官僚によって父親達が左遷される可能性だってあるのだ。


 エイダとビーデスは突然の知らせに混乱していたようだから、ここまでの最悪の事態を予測した上で私を頼ったかは定かじゃない。けれど、バレればただでは済まないことくらいはわかっていたはずだ。


 様々な政敵を蹴落とし、のし上がってきたパスハリア家のやり口を見て育ったサヴラには、この二人以上にしっかりと理解できたことだろう――――エイダとビーデスが、どれほどの危険を冒したかを。そして、それが誰のためであったのかを。


 この二人などどうでもいい、勝手にやったことだなんて言わせない。いや、きっと言えない。


 エイダとビーデスの背後に覗くサヴラの表情を見れば、私にだってわかる。その目は心配と不安で大きく揺らぎ、頼むから二人だけは見逃してくれと言葉より強く哀願していたから。



「…………これでもまだ、誰にも愛されていないなんて言える?」



 静かに私が問うと、サヴラは小さく身を震わせて俯いた。



「安心して、エイダとビーデスから聞いたことは誰にも言わないわ。その代わりに、この二人のことを認めてくれないかしら? 大切な人のためには危険すら厭わない、あなたにとっても大切な友人だと」



 それを聞くや、エイダとビーデスは顔を見合わせ、ぶんぶんと首を横に振った。



「いえいえいえ、クラティラス様! 私達がサヴラ様の友人だなんて畏れ多いですっ! 支えになりたいとは言いましたが、私達では力不足だと理解しておりますので!」


「わわわ私達は、サヴラ様さえご無事で笑顔でいてくださればそれでいいのです! ほ、ほんの少しでも頼りにしていただけたら嬉しいとは思いますけれども!」



 焦り狂う二人の肩に、背後からそっと手が置かれる。途端に喚いていたエイダとビーデスは口を閉じた。



「エイダ、ビーデス……あたくしのために、ありがとう」



 か細くお礼を告げたサヴラは、これまで見たことのないほど優しい微笑みを浮かべていた。



「いつも迷惑をかけてばかりで、本当にごめんなさい。こんなあたくしでもお嫌でなければ……どうか、お二人の友にしてくださらない? もちろん、これは強制ではないわ。断ったからといって、意地悪をしたりは」


「ここここちらこそお願いします! 恐縮です! 光栄です! 幸福です!」


「サヴラ様と私が友人に!? これは夢!? 夢じゃないわよね!? 夢でもいいわ、夢なら覚めないでーー!!」



 サヴラが言い終えるより早くエイダとビーデスは即答でオッケーし、狂喜乱舞という文字そのままにアトリウムの中で歌いながら激しく踊り始めた。



「…………クラティラス、ごめんなさい。そして、ありがとう」



 唖然としてそれを見ていた私の耳に、サヴラの囁きが届く。



「あなたが悪いわけでないのは、わかっていた。けれど、あたくしにないものを持っているあなたが羨ましくて妬ましくて、どうしようもなかったの。これまでのことは水に流して、というわけにはいかないでしょう。でも……それでもあたくしは、あなたとも」


「そんな畏まらないでよ。だって私達、友達じゃない」



 私もまたサヴラの言葉を遮り、にぱっと明るく笑ってみせた。



「友達なんだから、八つ当たりすることくらいあるものでしょ。リゲルだって、創作がうまくいかない時は何故か私のせいにして物投げてくるんだよ? ステファニなんか、生理の時は」


「ちょっと! そういうお話は慎んでくださる!? あなた、一応は一爵令嬢でしょうっ!? 本当に品がないわね!」



 私の愚痴を遮り返し、サヴラが翡翠の目を釣り上げて怒る。その瞳にはもう、涙も憂いの影もなかった。



「あらあら、サヴラさんは随分とストレスが溜まってるようですわねぇ? じゃ、私達も踊りましょ! 体を動かせばスカッと発散できるよ、きっと!」



 そう言って笑い、私はサヴラの手を取ってエイダとビーデスの元へ向かった。


 それから私達は四人で、歌い踊り笑い――――サヴラにとってファーストキスの場所であったこのアトリウムを、新たな思い出に塗り替えた。






◇◇◇



6/5に、コミカライズ版『悪役腐令嬢様とお呼び!』の単行本の発売が決定いたしました。


漫画はGUNP様。フロースコミック様より出版されます。


Amazon様や楽天様などでは既に予約が開始されているそうですので、よろしければチェックしていただけると嬉しいです!



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