腐令嬢、頼られる


「では皆ぁ、飲み物を持ってー!」



 部室内にいる全員が紙カップを高く掲げたのを確認してから、私は満面の笑みで叫んだ。



「文化祭、お疲れ様でーす!!」

「お疲れ様でーすっ!!」



 私の言葉に、皆の声が続く。


 アステリア学園ではこのように、文化祭後に打ち上げパーティーを行うのが恒例なのである。


 とはいえ、紅薔薇支部では初の開催だ。

 一年の時は打ち上げをやっていいなんて知らなかったし、二年の時は白百合メンバーに追い回されてそれどころじゃなかったもので。


 いやぁ、今年こそは何が何でもこれをやりたかったんだよね!


 打ち上げといっても個々で用意した飲み物やお菓子などを持ち寄って、適当に喋るだけという簡素なものだ。残念ながらクロノは、明日もどこぞの式典に出なきゃならないとかであの後すぐ帰ったため不参加となった。


 メンバー全員は揃わなかったけれど積年の夢が叶い、私はご満悦だった――――奴らが乱入してくるまでは。



「クラティラス様!」

「クラティラス様!」



 ノックもなしに私の名を呼び、部屋に飛び込んできたのは、エイダとビーデス。三名いる幽霊部員の内の二人だ。


 彼女達の到来に、萌え語りで盛り上がっていた紅薔薇支部の熱気は急速に冷めた。無理もない、こいつらは紅薔薇支部に在籍しつつも活動らしい活動は何一つしなかったんだから。


 中等部ラストを飾る文化祭くらいはと声をかけたのに、それすらスルーしやがったんだから冷たい目で見られても仕方ない。というか、部員扱いしてやる義理すらないよね!



「あらあらあららぁ〜? どこのどちら様でしたっけねぇ〜?」



 なので私は右にリゲル、左にステファニを侍らせて二人の肩を抱くという、イリオスなら泣いて喜びそうな状態で、招かれざるコンビにへっと嘲りの笑みを投げて寄越した。



「お願いです、どうか助けてください!」


「クラティラス様しか、頼れる者がいないのです!」



 しかし二人は皆の視線も私の嫌味も無視し、必死の形相で叫ぶ。


 これはただ事ではなさそうだと判断した私は、リゲルとステファニから離れ、扉の側で泣き崩れる二人に駆け寄った。



「落ち着いて、何があったというの? 訳を話して」


「ここでは……とても」

「クラティラス様、どうか……!」



 エイダとビーデスはそう繰り返すばかりで埒が明かない。とにかく私は二人を抱き起こして立たせ、外に出るよう促した。



「皆、パーティーを続けていて。私はちょっとこの二人から事情を聞いてくるわ。リゲル、ステファニ、後をお願いね」



 思うところがあった者もいただろうけれど皆何も言わず、リゲルとステファニも頷いて送り出してくれた。




「サヴラが……!?」



 大きな声を上げかけて、私は慌てて口を塞いだ。


 辺りを窺ってみたけれど、人の気配は全くない。絶対に他者に漏らしてはならない話なのだと言われたので、旧館の最上階にある女子トイレなんていうOBKオバケ的にデンジャラス系な場所を選んだのだけれど、おかげで誰にも聞かれずに済んだようだ。



「……そうなのです。私とビーデスは学校行事を終えてすぐに帰宅したのですが、暫くしてパスハリア家から内密の使者が参りまして」


「私の家にも同じくです。そこで慌ててエイダの家に向かい、二人で話し合った結果、クラティラス様に相談しようと……」



 ビーデスが言葉を詰まらせる。けれど声を漏らして他人に気付かれてはならないと、懸命に嗚咽を殺していた。


 あの天下のパスハリア家が、彼女達の二爵家にわざわざ使いを寄越すなんて前代未聞のことだ。そしてその内容は想像通り、緊急を要するものだった――――サヴラが行方不明になったというのだ。


 娘から親しくしていると聞かされていたのはこの二人だけだったようで、行き先に思い当たる節はないかと問われたらしい。


 サヴラは二学期に入ってから、ずっと学校を休んでいた。気になってエイダとビーデスに聞いてみたけれども、二人も担任から告げられた以上のことは知らなかった。その担任曰く、パスハリア家からは『娘は病気療養中につき暫く休ませてもらう』とだけ伝えられていたという。


 もしかしたら検査の結果、重い病だと判明したのかもしれない。それで世を儚んで、自ら命を絶とうと……。



 嫌な妄想を振り切るように、私は頭を振って二人に向き直った。



「で、でも、どうして秘密だという禁を破ってまで私に相談を? あなた達の方がサヴラのことを知っているでしょう? 私なんかに頼らなくたって……」


「いいえ、サヴラ様が一番心を許していたのはクラティラス様です」



 嗚咽に震えるビーデスを抱き締めながら、エイダは静かに答えた。



「サヴラ様は、私達のことなど信用しておりません。だって私達がサヴラ様に近付いたのは、パスハリアの恩恵に与ることができると考えての行動だったのですもの。サヴラ様は、それを見抜いていらっしゃいましたから」


「最初は確かに、そんな打算があって嫌々サヴラ様とお付き合いしておりました……」



 エイダの腕の中から、ビーデスが涙声で小さく零した。



「けれど、今は違います。サヴラ様と接している内に、あの方の高慢な振る舞いは深い孤独ゆえなのだと、それを誰にも悟られぬよう必死に虚勢を張って耐えているのだと徐々に察して……少しでも支えになりたいと思うようになったのです」


「しかし、一度失った信用を取り戻すのは難しいものです。私達がどれだけ寄り添おうとしても、サヴラ様は受け入れようとしてくださらなかった。心の内を何一つ語ってはくださらなかった。そんなサヴラ様でしたが、クラティラス様に対しては感情豊かに接していらっしゃいました。ですからサヴラ様が本音で向き合うことができたのは、クラティラス様だけなのです……!」



 この二人の悲痛な訴えに何と答えたらいいのかいいのかわからず、私は言葉を失って立ち竦むしかできなかった。


 彼女達以外にも、パスハリアの名に釣られサヴラに媚を売って取り巻きになる者は多かった。しかしほとんどがサヴラの我儘に振り回されることに疲れ果て、去っていった。


 残ったのはこの二人だけ。サヴラの心の叫びを感じ取ってくれた、エイダとビーデスだけだ。


 家柄のせいで、人を信じることができなくなったサヴラ。二人はサヴラが心を許していたのは私だと思っているようだけれど、それは違う。彼女が本当に心の拠り所としていたのは――――。



 そこで、私ははっと閃いた。と同時に、駆け出していた。



「クラティラス様!?」

「どちらへ行かれるのです!?」



 エイダとビーデスの問いかけを置き去りに、私が全速力で向かったのは『あの場所』。


 サヴラは、この学校にいる。私にはそう確信できた。


 だって今日は文化祭、彼女にとって記念の日なのだから!

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