腐令嬢、巻きすぎる
「トカナ、アンドリア、お疲れ様!」
部室に戻ると、私は受付席に座る二人組を明るい声で労った。
特におかしなクレーマーも来ることはなく、冷やかしでやって来たらしい人達もちゃんと展示物を見てくれたのは、やはり我が部の看板娘の力が大きい。
「二人共、お腹が空いたでしょう? はい、お土産の肉巻きスナック棒と肉巻きパンと肉巻きポテトと肉巻きラディッシュと肉巻き肉巻き肉巻き肉」
長テーブルに私のとっておきスペシャルな差し入れをどどんと置くや、トカナとアンドリアは揃って強張った笑みを浮かべた。
「わ、わぁ……すごい。ど、どこまでもお肉尽くしですね。あ、ありがとうございます……」
「クラティラスさん、いくら何でも肉を巻きすぎではなくて? 肉巻き肉巻き肉巻き肉って、もはや巻く意味がわからないわ」
あれ、まさかの不評? お野菜からお菓子までバリエーション豊富に取り揃えてきたのに。
「と、とにかく時間だから交代するわ。これは持っていって、皆と一緒に食べてちょうだい」
内心ショボンとしつつ、私は二人を促して席を立たせた。
アンドリアは私の差し入れが詰まった紙袋を持ってすぐに移動したけれど、トカナは相変わらず椅子に座ったまま動かなかった。看板娘の命名に相応しく、まるで自らの身で『紅薔薇支部創立三年記念展』の看板を体現するかのように。
トカナはアンドリアとも別のチームである。なのに彼女は『先輩達の中等部最後のイベントだから少しでも役に立ちたい、先輩達の勇姿を片時も逃さず見守り続けたい』と言って聞かず、トイレと食事以外は朝からずっと案内所の席に座っているのだ。
「トカナ、本当に休まなくて大丈夫? 座りっぱなしだと、お尻を傷めるわよ? 私のお父様もデスクワークが続いた時は、お尻にイボができるわ切れるわ血が出るわで大変だったんだから」
「えっ……ええ!? 座り続けているだけで、そんな恐ろしいことになるんですか!? 私達、学校ではずっと座ってますけど、大丈夫なんでしょうか!?」
私の言葉にトカナは慌てつつも、逆に質問し返してきた。なるほど、その発想はなかった。
「あら、そういえばそうね? お父様の同僚の方々は同じ症状に悩んでいる人が多いそうだけど、オジサマになるとお尻の強度が下がるのかしら? となると、デルフィンの好みのオジサマ受け達は過激なプレイは避けた方が……」
「ヤホホ〜イ、クラティラス〜。来たよ〜ん!」
妄想に突入しかけたところで脳天気な声をかけられ、私は顔を上げた。が、すぐに仰け反る。
良く言えば人懐こい、悪く言えば馴れ馴れしい笑顔でペロリと舌ピアスを見せつける、クロノ・パンセス・アステリア第二王子殿下の美貌に至近距離から迫られて狼狽えたせいではない。
「え、ええっと、クロノ? この方達は、一体……」
私がビビったのは、彼の背後に高等部の制服を着た生徒がずらりと並んでいたからだ。その数、およそ二十人。クロノがお得意の口八丁で女生徒をたぶらかして連れてきたのかとも思ったが、半数は男子生徒だ。
これは、もしかして……。
「俺のクラスで出してたフラワークレープ、早々と売り切れて後片付けも終わっちゃったからさ、皆をお誘いしたんだ〜」
そういえば高等部で長蛇の列になっているクレープ店を見たけど、あれはクロノのクラスの出し物だったのか。そりゃ王子が店頭に立ってるなら、皆して並ぶわな。
「そ、そうだったのね。ありがとう。ええと、こんなにたくさんいらっしゃると説明にも時間がかかるわね。ちょっと待ってて、休んでるメンバーを呼んで……」
「大丈夫です、クラティラス先輩。私に任せてください」
私の肩に手を置いて制し、トカナが立ち上がる。
「皆さん、なるべく近くに寄ってくださーい! 立ったままで申し訳ございませんが、これから私が展示物についての概要を簡単に説明しまーす! わからないことがあれば手を挙げて、どんどん質問してくださいねー!」
大人数を相手に一切怯まず、声を張り上げて皆をまとめるトカナの勇ましい姿に、私は不覚にもうるっときてしまった。
トカナってば、いつのまにかこんなにも成長してたのね……! もう立派な紅薔薇支部の精鋭よ! いいえ、彼女こそが次世代リーダーよ!
「……カナちゃん、すごいね。随分と頑張ってたらしいじゃん? 全然部活に顔出せなかった俺とは大違いだよね。クラティラス、中等部最後の文化祭だったのに何もできなくて本当にごめん。ずっと謝りたかったんだ」
トカナのいた席にいつの間にか座っていたクロノが、隣から小さく囁く。可愛い後輩の成長を目の当たりにしたせいで溢れた感動の涙をハンカチで拭いつつ、私は首を横に振った。
クロノはクラスの出し物の準備で忙しかっただけでなく、最近は第一王子であるディアス殿下がアステリエンザで倒れられたそうで、その穴埋め要員としてあちこちに駆り出されていたとイリオスから聞いている。無造作なウルフヘアに両耳にもピアスびっしりとチャラい外見をしているし、女の子と見ればすぐに声をかけたり護衛をまいて逃亡したりする問題児だけど、責任感がないわけじゃない。むしろ頼まれたら嫌と言えない性格で、意外と押しに弱いタイプなのだ。
しかも口先手先パリピなだけで、本当は純粋純情なDTボーイですし。
「それで、さ……あの、ヴァリティタは元気にしてる? この前、帰ってきたんだよね? 手紙を何度も送ってるんだけど、一度も返事が来なくて」
思わぬ名前が飛び出したことに驚いて、私の涙は止まった。
そういえばクロノって、お兄様と同じクラスだったんだっけ。随分と前に、クロノから仲良くしてると聞いたような気がしなくもない。あの時は二人が友達関係だなんて想像もつかなかったけれど、クロノの不安げな横顔から窺うに、お兄様のことを心から心配しているようだ。
「ええ、元気よ。殺しても死なないくらいにね。手紙はきっと、読むものだと知らずに食べちゃったんじゃないかしら。あいつ、とんでもなくアホだからねぇぇぇ……」
語尾に力を込めて言うと、私はギリギリと奥歯を噛んだ。
あの野郎、私には毎日毎日手紙を送ってくるのに、何でクロノには返事を書かないの!? まさか私と同じ部活だから嫉妬してるなんてオチじゃねーだろうな!?
「ええと、クラティラス? 何でそんな怖い顔してるの?」
「別に何も。バカティタ……いえ、ヴァリティタお兄様には、私からも手紙の返事を出すようにと伝えておきますわね」
「あ、それはやめて?」
クロノは即座に却下し、困ったように眉を寄せて苦笑いした。
「ヴァリティタって、俺がクラティラスと仲良くするの嫌がるんだよ。可愛い妹と同じ部活にいる上に、クラティラスって呼び捨てにしてることも気に入らなかったみたいでさ。妹に馴れ馴れしくしたらクロノ棒を引き千切って燃やし尽くして、その灰で遺書を書かせてやるって脅されてんだよね。だからクラティラスが俺の名前出すと、余計逆効果になると思うんだぁ」
お兄様ーー!
一応の一応の一応の一応の第二王子に、何てこと抜かしてんの!? 相手が頭ほよよんなクロノだったから良かったものの、普通なら処刑案件だよ!?
てかやっぱりクロノに返事を出さなかったのは、幼稚な嫉妬が理由かーー!!
決めた……あのクソ兄貴、次に会ったら絶対しばく! 泣くまで、ううん、泣いても許さない!!
トカナのおかげで、クロノのクラス全員にBLというものについてをおおまかに理解してくださった。部室は狭いため五人ずつの入場とし、残った生徒達には私とクロノによる即興の寸劇を披露して時間を潰してもらうことにした。時間的に、彼らが最後のお客様になる。だから悔いのないよう、精一杯おもてなししたかったのだ。
しっかしクロノの演技力、相変わらずすごかったわー。私も得意のなりきり技で男体化したけれど、思わず流されちゃいそうになったもん! クロノ演じる強引な攻め様の執拗な求めに溺れかけて、誘惑には一切応えない女王受けちゃんをやっていたはずが、うっかり心を許しそうになっちゃったよ!
ラストの五人は、リゲルにお願いして私とトカナが案内人役を務めさせていただいた。
自分には無理だと焦っていたトカナだったけれど、初めて参加した冊子から白百合との合同合宿の写真など想い出深い品々を前にすると、活き活きとした表情になってお客様に楽しそうに説明していた。
休憩組も戻ってきたので、私達は全員揃って最後のお客様をお見送りし、感謝の思いを込めて深々とお辞儀した。
そして頭を上げて、愛するメンバー達と笑い合い――――私の最後の文化祭は終わった。
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