腐令嬢、誘惑す
さて、BL嫌いなイリオスを相手にBL談義をさせるという苦行を強いてまで、私がトカナを厳しく教育しているのには理由がある。そう、来月開催される文化祭のためだ。
今回の文化祭では『花園の宴』創立三年を記念して、紅薔薇白百合両支部にてこれまでの成果を披露しようということになった。しかし、冊子や写真などをただ展示するだけでは面白くない。そこで受付に『案内所』なるブースを設け、基本的な活動内容を説明をしてから『案内人』が付き添って展示物を説明するという、博物館みたいな形での部活動紹介を考えたのだ。
つまりが原点に立ち返り、BLと百合に興味を持ってくれる人を増やそう、そしてあわよくば沼に引きずり込もうという作戦である!
我々の紅薔薇支部は、白百合支部に比べて格段に人数が少ない。だから先輩後輩関係なく、トカナにも主戦力として頑張ってもらわねばならない。
それに私達が卒業したら、中等部の部員は彼女一人だけになってしまう。
紅薔薇メンバー達は、高等部になっても継続して在籍すると誓っているけれど、トカナだっていつまでも後輩のままではいられない。いずれやってくる新入部員のためにも、トカナを立派なBL愛好者として育て上げること――――これが私にできる、大好きな部への最大の貢献だと考えたのだ。
「クラティラスさん、お疲れ様です」
白百合支部の部室に入ると、リゲルが柔らかなボブヘアをふんわりと揺らして振り向いた。
心臓が小さく跳ねる。
その表情が、何度も画面越しに見た、ゲームの攻略対象達に向ける笑顔にとても良く似ていたからだ。
似ているんじゃない。彼女は『リゲル・トゥリアン』本人。だからゲームの姿に近付いていくのは、当たり前のことだ。出会った時は特徴こそ捉えていてもまだ幼かったのに、側にいすぎたせいで忘れかけていた。
彼女の笑顔に、私は改めて痛感した。ゲームの舞台が、もう来年に迫っていることを。
リゲルはヒロイン、私は悪役令嬢。私達の運命は、表裏一体。『アステリア学園物語〜
そして、私も必ず――。
「あら、クラティラスさんお一人ですか? イリオス様とトカナさんは……」
「ああ、二人で練習させることにしたの。私がいると、トカナはどうしても甘えちゃうみたいだから」
嫌な思考を振り切るように、私は苦笑いしてみせた。
「なるほど、わかります。トカナさん、クラティラスさんを本当に頼りにしてますもんね。でもイリオス様がいないなら、ちょうど良かった」
そこでリゲルは、乙女ゲームのヒロインらしからぬ黒い笑みを浮かべた。
「あいつら、本当に頑固でしてねぇ……なかなか手強いんですわ。デスリベの監視も厳しくて、『再教育』があまり捗っていないんですよぅ」
あいつらとは、今年入ったばかりだという五人の白百合男子達のことに違いない。
その五名は横並びで椅子に座り、頬を赤らめながらこちらを食い入るように見つめている。どうやら私とリゲルが顔を寄せ合っている姿に、激しく萌え散らかしているらしい。
うーむ、さすがはイリオスが自ら選び抜いた部員だけある。見事なまでの百合者だ。これは確かに、BLに転ばせるには難儀しそうだぞ。
「了解、私も手伝うわ。まずはお邪魔なデスリベを排除しましょう。奴の推しカプはイリメス✕クラティラス……私が百合絵を描いて引き付けるから、リゲルはその間に」
「はい、既に配置は万全です。リコさんには自身の女体化から夢妄想しがちな男子を、ドラスさんには受け攻めがまだ定まっていない男子を、ミアさんには猫耳女子好きの男子を、デルフィンさんには年上のお姉様好きな男子を、イェラノさんには三次元の女子が苦手な男子を担当してもらっています」
アンドリアがいなかったのでどうしたのかと聞いてみたらば、白百合メンバーに唆されてヴァリティタ✕ネフェロの女体化百合を妄想してしまったらしいのだが、『こんなのヴァリ✕ネフェじゃない! 名前だけ同じの別カプじゃー!』と吠えて怒り狂い、そのままプンスコとご帰宅なされたそうな。アンドリアは超固定派だからなぁ。
そんなわけで、私はリゲルと共にアウェイでの勧誘運動を開始した。
今年の春は力及ばず、新入部員を増やすことができなかった。けれど今からでも誰か紅薔薇に入ってくれたら、可愛い後輩を独り立ちさせる力にもなるし、寂しい思いをさせることもなくなる。
そう思って精一杯頑張ったのだが――――いやー、無垢な子ほど強固なもんだね。皆で必死に誘惑したけれど、誰一人としてちっとも揺らがなかった。何なら作戦がバレて、危うくデスリベに部室への出禁と接近禁止令を申し渡されかけたよ。
悔しいけど、イリオスの百合者を見極める目だけは認めてやるわ!
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