腐令嬢、教育す


「そ、それで、BLというのは、殿方同士が愛し合う様を妄想したり、その御姿を描いた作品を愛でたりすることだというのは、お分かりいただけましたね?」


「はぁ」


「次は……ええと、そう、カップリングです。用意するのは、お好みの殿方お二人だけ。その二人がイチャイチャしているところを想像してみてくださいっ」


「へぇ、ではお好みの殿方がいない時はどうするんですかぁ?」


「えっ!? ええ、ええとええとええと、えええええええ……どどどどどうすればいいんでしょう!? どうすればいいんですか、クラティラス先輩っ!」



 トカナに名を呼ばれ、私は溜息をついてペンを動かす手を止めた。そして定位置である紅薔薇支部の部長席から、部室の中央に設置した『模擬案内所』に目を向ける。



「トカナ、何度も言ったでしょう? 人に頼らず、自分で考えなさいって。文化祭本番では、一人でお客様のお相手をしなくてはならないのよ? どんなお客様にも対応できるように、今からしっかりしてちょうだい」


「うぅ……す、すみません……」



 二組の椅子とテーブルのみという簡易なセットで接客練習をしていたトカナは、たちまち眼鏡の奥の瞳を潤ませて俯いてしまった。



「それと、イリオス」


「はぁい、何ですかぁ?」



 トカナとテーブルを挟んで向かい合っていたイリオスが、嫌そうに返事をする。ついでに溜息を吐いて、座っている椅子をゆらゆらさせるという煽り行動までかましてきやがった。


 本当に性格悪いな、こいつ!



「あなたにも、あまり意地悪な質問をするなって言ったわよね? 聞いてた? 聞こえなかったのかしら? その耳はお飾りなのね。お邪魔そうだから、私が引き千切ってポイしてあげましょうかぁぁぁ……?」



 悪役令嬢フルスロットルの目力で凄み倒すも、イリオスは平然と鼻で笑った。



「このくらいなら、意地悪のレベルに至っていないと思いますけどぉ? 意地悪っていうのは、白百合の新入部員全員を泣かせたあんたみたいな奴のことを言うんじゃないですかねぇぇぇ……?」



 口元は辛うじて笑みの形を保っているけれど、こちらを睨み返す紅の瞳には怒りを超えて憎悪すら滲んでいる。


 んだよ、逆ギレとはダセェな。意地悪も何も、百合の説明すらまともにできてなかったから、怠慢なゴミカス白百合支部長さんに代わって私が教育し直してやっただけじゃんか。てか泣かせたのは私だけじゃないし。半数以上は、百合の何たるかも知らないくせに百合者を名乗るなって鬼のように説教して、無理矢理BL沼に沈めようとしたリゲルのせいだし。



「イ、イリオス様は悪くありません!」



 殺意のオーラを漲らせて睨み合っていた私達は、トカナの裏返りかけた悲痛な声で我に返った。



「いつまで経っても甘えてばかりの私がいけないんです。まだまだダメダメなのはわかっています。けれど私も、クラティラス先輩の作った部の一員として、できるだけ力になりたいんです。先輩達の最後の文化祭を、成功させたいという気持ちは誰にも負けません! ですからイリオス様、どうか練習の続きをお願いします! どんな意地悪をされても大丈夫です! 泣きません! 頑張りますっ!」



 席を立ったトカナがイリオスに頭を下げて懇願する。



「いや、僕は意地悪なんて……しません、よ?」



 彼女の必死さに気圧されたらしく、イリオスは助けを求めるように私を見た。


 いいえ、意地悪してましたよ? 嫌味ったらしさ全開でしたよ? と言いたかったが、白けた視線で伝えるだけに留めておく。奴にはこれからしばらく『後輩の育成』を手伝ってもらわねばならないのだから。



「そう、意地悪しないと誓ってくれるのね? じゃあ今度は、二人だけで練習してみてくれる? 私は白百合の部室に移動するわ」


「えっ!? でででででも!」



 私の提案にトカナは眼鏡からはみ出んばかりに大きく目を見開き、一つ縛りにした髪をぶんぶん振りたくった。


 あらあら、ものすごく焦っていらっしゃる。これは可愛い。意地悪したくなる気持ちもわかるなぁ。



「私が側にいると、つい頼ってしまうじゃない? 王子と二人きりになることが心配なのはわかるわ。けど大丈夫、おかしな噂など立たせない。他の皆にも、私から説明してしっかり口止めをするから。もし万が一、イリオスが心臓発作でも起こして倒れるようなことがあったら、呼びに来て。その時は私もここにいたってことにするわ。それなら、あなたに迷惑がかかることはないでしょう?」



 後輩可愛い可愛いペロペロな気持ちを抑え、私は令嬢らしい優雅な微笑みでトカナの小さな抵抗を封じた。



「しかし、クラティラスさん……」



 遅れてイリオスも椅子から立ち上がり、声をかけてくる。筆記用具をさっさとまとめると私は彼に歩み寄り、そっと耳元に囁いた。



「…………トカナを泣かせるような真似しくさったら、頼まれてた文化祭用の百合絵に棒生やすからな」



 この脅し文句は効果てきめんだったようで、イリオスは何度も頷き、すとんと椅子に腰を落とした。


 白百合に絵を描ける部員がいないって、私に泣き付いてきたんだもんねー。私が今描いてるオリジナルの百合ップル、ものすごく気に入ってるもんねー。



「トカナ、頑張ってね。応援しているわ」


「はい、頑張ります……」



 紅薔薇の部室を出る直前、私の声援に答えたトカナの表情が暗く見えたのは、気のせいだろうか?



 少し引っかかったけれども、私はそのまま二人を残し、今頃はリゲル達が優しく指導……と見せかけて、BLへの寝返りを狙って新入部員達を言葉巧みに勧誘しているであろう白百合支部の部室へと向かった。

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