決別フェスティバル
腐令嬢、雪辱を果たす
夏休みが終われば、恒例の球技大会と体育祭が待っている。
まずは球技大会。
二年の時は第三王子にお近付きになりたいクラスメイト達が殺到したおかげで、一年の時に苦渋を飲んだバスケチームを再結成することは叶わなかったのだけれど。
「クラティラスさん、大活躍だったわね。ラストで逆転シュートを決めるなんて。一年の時はあんなにヘッポコだったのに、本当にすごいわ!」
頬を紅潮させたリコが、私の健闘を熱く讃える。部活でも怒るか喚くか呆れてるかばかりの彼女が笑顔で抱き着いてくるなんて、この上なく嬉しかったんだろう。
「まさかこんな短期間でダンクシュートを完璧に習得するとはね。クラティラスさん、バスケの才能あるよ。高等部からはバスケ部に入ってみたらどう? 何なら今からでも!」
念願の得点王となったリフィノンも、目を輝かせている。三年生になって成人の年を迎えても、バスケバカは変わらないらしい。
しかし、真の功労者は私じゃなく彼だ。前世ではハンドボールに慣れ親しんでいたせいで、私はとにかくシュートが決められなかった。けれど私のジャンプ力と独特の打ち下ろすフォームを見て、リフィノンが『いっそダンクシュートを練習してみては?』と提案してくれたのだ。私が苦手なシュートでチームを救えたのは、彼のおかげなのである。
「うーん……俺はリフィの意見には賛成しかねるな。シュートはできるようになったけどダンクだけだし、何より相変わらずラフプレーが多すぎるだろ。あんなんじゃ、女子バスケ部が怪我人だらけになっちゃうぞ」
リフィノンのニコイチ、アエトが軽口を叩きながら苦笑いする。あんなん呼ばわりされるのは仕方ない。ダンクは何とか決められたけど、決勝以外じゃファウル連発して即退場処分になっちゃったからね……。
リゲルもステファニもイリオスも、今回の球技大会では同じバスケチームでプレイした。
皆でまたチームを組めたのは、もちろん偶然ではない。球技大会のチーム分けの話し合いの際に、私がクラスメイトの皆にお願いしたのだ。どうかまたこのメンバーでバスケをさせてほしい、と。
クラスの皆は快諾してくれて――私が一爵令嬢且つ第三王子の婚約者という立場のため、不平を言いたくても言えなかったという者もいただろうけれど――、我らバスケチームは見事優勝し、一年の時の雪辱を果たした。
運動会でも、私は全身全力全エネルギーを全解放して奮闘した。
「クラティラスさんって、スポーツとなると本当に輝きますよね。三冠を狙ってたのに、奪われちゃったなぁ……う〜、やっぱり悔しいですっ!」
私が手にした小さなトロフィーを見て、リゲルが頬を膨らませて手足を小さくジタバタ動かす。それで地団駄踏んでるつもりか。可愛いにも程があるだろ。
体育祭では最後に優勝チームだけでなくMVPも発表されるということを、私は初めて選ばれて知った。というのも一年はアステリエンザで欠席せざるを得なかったし、二年生ではテント倒壊事故に巻き込まれてそれどころじゃなかったし、最後まで参加できたのは今年だけだったので。
そう、今年だけなんだ。
「クラティラス様は、前年も前々年もまともに参加できませんでしたから、中等部最後に後輩達の心に爪痕を残してやろうと懸命だったのでしょう。舞台の前座を任された、新人芸人のようなでした必死さに、私も心を打たれました。感動をありがとうございます」
反対隣にいたステファニに手を握られて感謝されるも、私には曖昧な笑みを返すしかできなかった。
これは褒めてくれてる……のか? お母様の誘いでステファニと観劇に行ったのは一度きりだけど、その舞台では新人らしき前座が盛大に滑ってたけどな?
「くそー、高等部では負けませんからねっ!? 来年こそはあたしが、ステファニさんを感涙のドツボに叩き込んでやります!」
リゲルに噛み付く勢いで宣言されると、私の笑みはさらに複雑なものになった。
高等部で、リゲルと戦うことはない。何故なら私は――――。
「遅いっ! 十分後と言ったでしょう!? もう倍の時間は過ぎていますよ! 何をしていたのですか!?」
トイレからグラウンドに戻った我々を迎えたのは、イシメリアによる強烈な怒声だった。普段はマシュマロボディな見た目通り穏やかだけれど、元メイド長だけあって時間や礼儀に関してはとても厳しい。さすがはあのアズィムの奥様といったところだ。
「クラティラス様、あなたは髪を整えに行ったはずでしたわよね? なのにほつれ毛が全く直ってないのはどういうことなのです!? ステファニさん、あなたに擦り傷を治療して来なさいと言ったでしょう? なのにどうして絆創膏すら貼っていないのかしら!? リゲルさん、あなたに至っては泥だらけのまま! せめて顔だけでも洗ってきなさい!!」
「ま、まあまあ……イシメリアさん、そんなに怒らないでください。この方が彼女達らしくていいんじゃないですかね?」
「うんうん。皆で体育祭、超頑張った〜って感じがして、俺もいいと思う! きっと思い出に残るよ!」
イリオスに続き、恒例の見学に来ていたクロノもフォローしてくれたおかげで、我々はイシメリアの必殺技であるビッグヒップアタックを食らわされずに済んだ。
イシメリアは私の世話係になってまだ日が浅い。そのためイリオスとクロノを紹介したのも、第三王子と第二王子にこんなにも接近したのも、今回の体育祭が初めてだ。
王子達に窘められるや、すぐに畏まって頭を下げたイシメリアを横目に見て、私は皆に気付かれないほどの小さな吐息を落とした。
奇しくも今いるこの正門前で、第三王子を正座させて説教まで食らわせた前任者を思い出したせいだ。
アステリア学園中等部体育祭――その文字が描かれた看板と共に、私達はイシメリアの構えたカメラに笑顔を向け、記念すべきこの日を写真という形で残した。私にとって、このメンバーと最後となる体育祭の記録を。
クロノの言う通り、きっといい思い出になる。
来年の今頃、この国にいない私は今日の写真をどんな思いで眺めるんだろう? 想像すると軽く泣きそうになったので、すぐに考えるのをやめた。
感傷に浸ってる暇なんてない。まだまだイベントはある。それに、皆と二度と会えなくなるわけじゃない。私が海外に行くのは、むしろ皆と未来を共に過ごすための行動だ。
だったら、皆と過ごせる時間をめいっぱい楽しまなくちゃ!
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