腐令嬢、考え直す
まじかーー!
未完ってことは、
江宮の知識チートが使えなくなるなんて、この先どうすりゃいいんだ!?
「オロロロロロ……! ほよよよよよ……!」
あまりの衝撃に、私には訳のわからない言葉を吐きながら、頭を抱えてその場で回転するしかできなかった。
「……もう少しだけ、待ってもらえませんか?
江宮がそう声をかけてくれなかったら、ドリルみたいに床に穴を空けて地面まで突き抜けていたと思う。
「江宮ぁぁぁ……約束だよ? 私も何かあったら全部包み隠さず言うから、そこだけは隠さないでね? 死なないから余裕余裕って調子こいてたら、いきなり不死身効果が切れて死んじゃうなんてこともありそうだもん……」
目が回ったせいで蹌踉めきつつも必死に訴えると、イリオスは盛大に肩を落として溜息を吐き出した。
「はいはい、この件についてはちゃんと話しますよ。何たって、アホウル
「おい、アホって何回言った? いくら何でも言い過ぎだろ! クソオタイガーのくせに、人をアホ扱いするなんて生意気なんだよ!!」
「アホにアホと言って何がおかしいんですか!? あんたが救いようのないアホなのが悪いんでしょうが! 言われたくないならアホを治してみせろですぞ、アホアホウル腐!」
「ここぞとばかりにクソふざけたあだ名にアホの数増やしてんじゃねーよ! 幼稚な嫌がらせしてんじゃねーぞ、クソクソオタイガー!」
「幼稚だって言いながら、あんたも真似してるじゃないですか! アホアホアホウル腐!」
「うるせー! お前のレベルに合わせてやってんだよ、クソクソクソクソオタイガー!」
結局はいつものようにケンカになったけれど――不安で押し潰されそうになっていた胸は安らいだ。一人だったら、怖くて怖くて堪らなかったと思う。
でも江宮がいるから、江宮がいてくれるなら。
知らない内に、私の中で江宮は大きな存在になっていたらしい。それこそ、死ぬ時に思い浮かべてしまうくらいに。自分の命運を、全て委ねてしまうほどに。
「だって……前世からの友達、だもんね?」
音楽室を出てイリオスと別れ、一人きりで部室に戻る途中、私はそっと呟いた。何故疑問形にしたのかは、自分でもわからない。
誰かに答えてほしかったような誰にも答えてほしくなかったような、肯定してほしいような否定してほしいような、何とも言えない気持ちになり、私は足を早めた。
部室には、リゲルとステファニが待っている。三人で一緒に、久々のBL談義に花を咲かせよう。そうすれば、この頃になって妙に感じることが多くなった不可解なモヤモヤも晴れるだろうから。
明くる日、お兄様はプラニティ公国に戻った。戻されたといった方が正しいかも。
イリオスによる接近禁止は解除されたけれども、元々お兄様の滞在は三日と決まっていた。いくらお父様が外務卿とはいえ、受理された在留届を取り消すことなんてできない。また帰りの手形も手配済みだったため、予定を変更することもできなかったというわけだ。
いろいろバタバタしたせいで家族でゆっくりする暇はほぼなかったけれど、本当のご両親のお墓参りに行けただけでも良かったと思う。ぎゃあぎゃあ喚き合う私達四人の仲睦まじい姿を見られて、パルサ様もメラニオ様も安心してくれたんじゃないかな。
けれどお兄様は、そんな短い期間では満足できなかったらしい。
「嫌だぁぁぁ! クラティラスとせっかく仲直りできたのに、また離れるなんて嫌ったら嫌なんだぁぁぁ! だったらクラティラスも連れて行く! クラティラスだって、私と一緒にいたいに決まってる! クラティラス、さあ私と共に行こう!? 心配いらない、お兄様がずっと傍についているから!!」
とまあこのように訳のわからないことを抜かして、旅行用バッグに私を詰めようとしてくるから、必死に逃げたよ……。殴っても殴っても泣きながら縋り付いてくる姿は、ゾンビみたいで怖かったよ……。
そんなお兄様を見て、お父様は『この子はどうしてこんなにバカなのだ!? 私がバカだからか!? 親がバカなせいで息子もバカに育ったのか!?』と頭を抱えてオンオン泣き出してしまったよ……。そんなお父様を見て、お母様まで『私はバカではありません! バカではない……バカではない、はず……バカではない……? 本当に……?』と揺らぎ始めたもんだから、珍しくプルトナも心配したようでオロオロとケツを振っていたよ……。
時間ギリギリまでギャン泣きしながら暴れて粘ったものの、お兄様は護衛達によって半ば力づくで車に乗せられた。車が遠退いていくにつれ、私の名を叫ぶ泣き声も小さくなっていく。それが完全に聞こえなくなると、ほっとすると共に、やっぱり寂しさも湧き上がってきた。
とてつもないアホだけれど、私にとってはたった一人のお兄様なのだ。
ずっと望んでいた仲直りが叶ったんだから、もう少し優しくしてあげたら良かったな、と今になってほんのり後悔する。
せめてこれからは、まめに手紙を書いて送ろう。私なんかより、家族と離れて見知らぬ土地で生活するお兄様の方が寂しいはずだもの。
そんな小さな決意をして自室に戻ると、私は大きく溜息をついた。
結局、お兄様には聞けなかった――――ずっと気になっていたネフェロのことを。
あの夜の対応から、お兄様もネフェロについて何か知っていることは間違いないと思われる。アズィムは口が固そうだから、何かと私に甘いお兄様を問い質した方が答えを得られやすい。そう思って何度か二人きりになる機会を作ったのだけれど、ずっと我々がイリオスの元に嫁いでからのアホな夢物語を語り倒すばかりで、質問させてくれる隙などまるでなかった。
お兄様はアホに見えて聡明だ。私にだってそれはわかる。だから質問しようと試みては潰されることを繰り返して、気が付いたのだ――――お兄様は私がネフェロについて聞こうとするのを察して、はぐらかしていたのだと。
それで、私も考え直した。ネフェロのことは探らないでおこう、と。アズィムとお兄様は、恐らく理由があって隠している。だったら、ネフェロ本人が打ち明けてくれるまで待つべきだ。
ネフェロの柔らかな微笑みを思い浮かべ、私はペンを取った。脳内の姿を写し取るのではなく、お兄様への手紙を書くために。
ネフェロにはきっと、また会える。
その時に彼を変わらずあたたかく迎えたい。彼が元気になって戻ってきてくれるなら、それでいい。だから今は、彼の秘密には触れないでおこう。
――――きっと、知らないままでいた方がいいこともあるだろうから。
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