腐令嬢、貧乏揺する
部屋に上がることを許された私は、ソファーに座ってお兄様が紅茶を淹れる姿をぼんやりと眺めていた。
およそ四ヶ月ぶりの再会。
長かったような短かったような時間は、お兄様を随分と変えた。凛々しいお顔からはあどけなさがすっかり抜けて男の色香が漂うようになり、細身ながらも引き締まった体躯も、線の細いネフェロとは比べ物にならないほど立派に成長している。
もう戯れ合った頃の幼いお兄様はどこにもいない。ここにいるのは、ゲームのスチルで見たヴァリティタ・レヴァンタそのものだ。
「ネフェロが淹れたものほど美味しくはないだろうが……」
そう前置きして、お兄様は紅茶を注いだティーカップを私の目の前に置いた。
「あ、ありがとう、いただきます。お兄様が紅茶を淹れてくださるなんて、初めてのことですわね」
何を言っていいのかわからず、私はソーサーを手に取って紅茶を口に含んだ。フルーツティーの甘い芳香が口内から鼻孔に優しく広がる。
「レヴァンタの家では、こういったことは使用人達に任せきりだったからな。だが向こうに行ってからは、できることは自分でやって、やれることを増やしていこうと努力しているのだ」
それを聞いて、察した。お兄様は私が考えたのと同じように、家を出るつもりなのだと。
紅茶を一気飲みし、私はテーブルの向かいに腰を下ろしたお兄様を真っ直ぐに見つめて告げた。
「お兄様、どうかレヴァンタ家に戻ってきてください」
お兄様は軽く目を瞠り、それから口元に運ぼうとしていたカップを置いた。
「……すまない、クラティラス。お前に、謝らねばと思っていたのだ」
それを聞いて、私は内心大きく狼狽えた。お兄様にキ(自主規制)されたこと、そしてあの時に叩き付けられた暴言の数々を思い出したせいだ。
「お兄様が謝る必要などありません。全ては私のせいです。知らなかったとはいえ、この私がお兄様を追い詰めていたことに変わりないのですから」
お兄様に動揺を悟られないよう、私は令嬢らしく毅然とした表情と口調で答えた。
とはいえ、隠し切れてなかったと思う。テーブルのカップがガチャガチャいうほど、ものすごい勢いで貧乏ゆすりしてたので。
「いいや、お前のせいではない。私が……私の存在が、皆を苦しめていた。これからも苦しませてしまうのだ。お父様もお母様も、そしてお前も」
「そ、そんなことはありません! お兄様の存在が皆を苦しめるなんて……!」
「現に、お前を苦しめたではないか!」
私の否定など聞きたくないとでもいうように、お兄様は声を荒らげた。
ビックリしたおかげで、どう頑張っても止まらなかった両足の揺れはやっと収まった。私の貧乏ゆすりはしゃっくりかよ。
すまない、ともう一度謝ると、お兄様は深くうなだれた。
「……私さえいなくなれば、皆が幸せになれるのだ。お父様とお母様を、尊敬している。感謝している。心から愛している。だからこそ、辛いのだ。望む形の愛を得られないからと、応えてもらえないからと、卑屈になってお前を追い詰めようとしている自分が嫌になるばかりで……!」
「お兄様の……望む形の愛とは、何ですか?」
昂ぶる声に合わせて身を震わせるお兄様に、私は静かに問いかけた。
「お父様とお母様も、お兄様を愛しているわ。自分達が愛した人達の子だからじゃない。お兄様の本当のご両親達を羨むあまり、時には憎んでしまうほどお兄様を『我が子』として愛しているのよ。それでもお兄様はまだ足りない、と? だったら、望む形とは何? どう応えたら、お兄様は満足するというの?」
お兄様がゆるゆると顔を上げる。そしてしっかりと私を見つめ、そっとくちびるが開かれた――けれども、すぐにそれは引き結ばれ、言葉は紡がれなかった。
その煮え切らない態度に、私はついにブチ切れた。
「いい加減にしなさいよ、グズグズと女々しいわね! いつまで悲劇のヒーローぶってるの!? 成人したんでしょーが! 紳士として認められたんでしょーが!」
テーブルに片足を乗せて詰め寄るも、お兄様は目を背けてまた俯く。
ますます腹が立って、私はさらに身を乗り出してお兄様のシャツの襟を引き千切らんばかりに掴み、無理矢理こちらを向かせた。
「私をいじめて気が済むなら、好きなだけやりゃいいでしょ! でもお父様とお母様にだけは、ちゃんと本音で向き合えっつってんの! 望む形がどうとか抜かしてないで、素直に愛してくれって言えばいいじゃん!」
「クラティラス、しかし私は……」
この期に及んで、お兄様はまだ言い訳をなさりたいらしい。んなダセェ真似、このクラティラスが許さねーよ!?
「しかしもお菓子もケーキもねーんだよ、この甘ったれ小僧! 甘いもの好きなだけにスイーツ脳なのか!? 私だって、本当は甘えたいよ! お兄様と仲良くしたい、前みたいに戻りたい! 私のことも家族として受け入れてほしい、できたら愛してほしいって思ってる! だけど、私の存在がお兄様は苦しめた! だから、お兄様は私のことが嫌いになった! それをよーくわかってるから、我慢して……!」
「お前は何もわかっていない!」
されるがままだったお兄様がここで急に立ち上がり、私の手を振り解いた。
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