腐令嬢、ピコる
二人は、病死として処理された。
レヴァンタ家とヴェリコ家にとっては表沙汰にしたくない不祥事であったし、王国軍としても誤って貴族を射殺したなどと知られては困る。双方の利害が一致した結果だった。
お父様は、これに憤慨した。さらには死人との約束など守る必要はないと言い、妹が最期まで守った子を『北の森にいた捨て子』として王国軍に押し付けようとまでした家族達が許せなかった。
それでもお父様は周囲を押し切り、ヴァリティタお兄様を己の子として育てると宣言した。
すると息子の結婚と同時に家督を譲って隠居していた両親は『その汚れた子をレヴァンタに迎え入れるなら自分達が出ていくまで』と告げ、財産を取り上げたばかりか使用人達までも全員連れて国外へと移っていった。残ったのは現在の家とアズィムだけとなってしまったが、悔いはなかった。
お母様もまた、妻帯者という身でありながら身分違いの令嬢に手を出した息子など汚物でしかないと言わんばかりに、兄の遺体の引き取りを拒否したヴェリコ家を見限り、実家と縁を切った。
とまあこのような凄絶な話を聞いて、私に出せるものといったら、溜息くらいですよ。
なるほどな……そりゃ親族に会うこともなければ手紙が来ることもないわ。他にも言いたいことはあるんだけど、山程ありすぎて、言葉にならないよね。
「…………このことをヴァリティタに伝えたのは、パスハリア一爵令嬢との顔合わせの帰り道だった」
続いて吐き出されたお父様からの告白に、私の頭がピコーン! と音を立てた。
オッケーわかった了解!
だよねだよね!? お兄様が私と距離を置くようになったのは、あの日からだったもん!
「今と同じようにアズィムに運転を任せて、他の使用人達には別の車で帰宅してもらい、全てを打ち明けた。パスハリア家もヴァリティタのことを気に入ってくださったようであったし、きっとこの婚約はまとまると確信があったのだ。本当は、成人の折に伝えようと思っていたのだが……」
「私はまだ早いと言ったのよ。ヴァリティタがあんなに苦しむことになったのは、あなたが『婚約するからには、己の生い立ちを知った上で一人前の男になるべきだ』なんて訳の分からない理屈をこねて、先走ったせいよ」
お父様とお母様は『自分達だけでなく、本当の両親の分も加えて四人の愛情を受けて生まれ育ったのだから、レヴァンタ家の長として誇りを持って生きてほしい』と伝えたかったのに、お兄様は『自分は二人の本当の子ではないのだから、クラティラスが正統な跡継ぎになるべきなのではないか』と考えるようになったらしい。
毎晩何やら言い争っていたのは、この件だったそうな。お兄様は『今すぐ第三王子に娘は嫁にやれねぇから諦めろって言え! この家はあいつに継がせろや!』と繰り返すし、お父様はお父様で『んなことできるか! 無茶振りすな、ボケ! 四の五の言わずにお前が跡継げ!』と突っ撥ねるしで、ずっと堂々巡りしてたんだとよ。
両方の言いたいことがわかるだけに、辛い戦いだ。
私も自分がこの家の子じゃないかも……って勘違いした時は、愛されて育てられたと十分に理解していても、ここにいてはいけないって気持ちになったもん。
同じ気持ちを抱いたから、お兄様は耐え切れなくなって出て行ってしまったんだ。両親に愛されているからこそ、両親を愛しているからこそ、心苦しくて申し訳なくて、何も知らない妹にひどい八つ当たりをしてしまうほどに。
「到着しました。皆様、お疲れ様です」
アズィムの声に、私ははっとして窓の外を見た。
車を停めたのは、どうやら細い田舎道のど真ん中のようだ。その両脇、辺り一面にたくさんの向日葵が咲いている。
アズィムに扉を開けてもらい、お父様に手を取られて外に出た私は、軽く息を飲んだ。
笑顔で我々を歓迎するかのように咲き誇る向日葵達の向こうに、北の森の姿を認めたからだ。
私の心を読んだかのように、お父様がそっと教えてくれた。ここは妹が子を生んだ北部の館の跡地なのだ、と。建物は当時から老朽化が著しく、取り壊さざるを得なかったそうだ。ギリギリ第一居住区画内ではあるというが、周囲には他の屋敷はない。恐らくリゲルの家よりも北側に位置していると思われる。
北部の物件は人気がない。北の森に近付けば近付くほど、買い手がつかなくなる。きっとここは父親の知れない子を妊娠した令嬢を隔離するには、うってつけの場所だったのだろう。
それでもお父様とお母様にとっては、『息子』が生まれた思い出深い地なのだ。なので二人はパルサが好きだったという向日葵を植え、今もこの土地をアズィムに管理させているのだそうな。
「クラティラス、こっちよ」
背の高い向日葵の群れの隙間から、お母様が手招きする。お父様に背後から促されて覗いてみると、そこから向こうは向日葵の太い茎が左右に分かれてトンネルのような空洞が続いていた。
「お父様とお母様とアズィムしか知らない、秘密の通路なんだよ」
思わず振り向いた私に、お父様はウィンクして微笑んでみせた。アズィムは車で待機するのが常みたいで、一礼して我々を見送った。
するすると泳ぐように進むお母様についていくこと数分。
向日葵のトンネルの終点にあったのは、一つの白い四角の石だった。
何も刻まれていないけれど、お兄様の両親が眠る場所なのだと察せられた。二人は他の家族と縁を切ってから、それぞれの兄妹の遺体をここに埋葬したらしい。
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