腐令嬢、兄妹の軌跡を辿る


「…………私達がこれだけ惹かれ合ったのだ。あの二人も、同じだったのだろう」



 ここでお父様はいきなり声のトーンを落とし、何事もなかったかのように本題に戻ってきた。


 う、うーん……落差が激しすぎて、正直ついていけない。



 お父様の双子の妹のパルサとお母様の兄上であるメラニオは、二人の婚約パーティーで初めて会い、同じように一目で恋に落ちた。


 それから彼らは幾度となく逢瀬を重ね、愛を育み続けていた――と発覚したのは、パルサのお腹が隠し切れないほど大きくなってからだ。二人はそれほどまでに徹底して、周囲に関係を悟られないようにしていた。


 一爵令嬢と三爵子息という身分差で済むなら、まだ許容範囲だ。けれども、二人にはそれ以上に愛を隔てる壁があった。パルサはとある一爵子息との婚約が決まっており、メラニオには既に妻がいるという、とてつもなく大きな壁が。


 許されざる恋だった。だからといって諦められるなら、誰も辛い思いはしない。傷付く人がいるとわかっていても、互いを求め合わずにはいられなかったのだろう、とお父様は悲しげに零した。自分にとっての最愛の相手である、お母様の手を握りながら。


 罪悪感に苛まれ、この上なく苦悩し、いっそ二人で死のうと実際に決行しかけたことすらあった。それを押し留めたのは、お腹に宿った命だった、と後にパルサは語ったという。



「そ、それで今、そのお二人は……?」



 薄々勘付いてはいたけれど確かめなくてはならないと思い、私は声を絞り出して問うた。



「亡くなったわ。二人、一緒に」



 お母様が冷ややかに答える。いや、そう聞こえただけで、必死にこみ上げる感情を押し殺そうと頑張っているのは、お母様の今にも泣きそうに歪んだ顔を見れば明らかだった。



「パルサは妊娠が発覚しても、頑として相手の男の名を言わなかった。そして急遽買い取った北部の館に病気療養の名目で隔離された彼女は、そこで秘密裏に子を生んだのだ」



 その過酷な状況の中で誕生した赤子こそが、ヴァリティタ・レヴァンタ――――お兄様だ。



 凄まじい難産の末、ようやく生まれたお兄様だったけれども、レヴァンタ家は彼を迎える気などなく、すぐに里子に出す手筈が整っていた。


 しかしそれは叶わなかった――出産したその日に、パルサが子と共に姿を消したせいで。また同日、メラニオも消息不明となった。


 後でわかったことだが、パルサは北部の館に移ってから密かに金で買収した庶民を通じてメラニオと連絡を取り合っており、子を奪われる前に駆け落ちするつもりだったらしい。



 といっても、二人には行くあてなどない。ならば、向かう先は――。



「まさか、北の森に……!?」



 私が思わず声を上げると、お母様はついに泣き崩れた。



「お兄様、本当にバカよ……どうして相談してくれなかったの。私にできることがあれば、何だってしたのに。お義姉様だって、お兄様を愛していたのよ。自分の存在が愛する人を死に追いやったのだと、私以上に悔やんで……!」



 ハンカチを取り出すことも忘れ、両手で顔を覆って全身でお母様は、私と同じ――大好きなお兄様に置き去りにされたことを悲しむ一人の妹だった。



 北の森の境界を越えた二人は、モンスターによって……ではなく、人の手で命を落とした。北の森の境界を越えたところで、パトロール中だった北部警備部隊の一員に見付かり、モンスターと間違われて射殺されたのだ。


 それぞれの持ち物に記されていた家紋から、二人の身元はすぐに特定され――王国軍によって連絡を受けたレヴァンタ家とヴェリコ家は、そこで初めて彼らの関係を知った。


 戻ってきたのは、遺体となったメラニオと瀕死状態のパルサ、そして二人に守られたおかげで全くの無傷だったお兄様。


 その時にお兄様が放ち続けた身を切るような泣き声を、今も忘れられないとお父様は小さく洩らした。



 死の間際に、パルサはどこの誰とも知れぬ子を身籠っても尚、唯一変わらず接してくれた兄――お父様に訴えた。



『もっと、早く死のうと思っていたの。家族に、お兄様に迷惑をかけてしまう前に。あの人も共に逝くと仰ってくださったけれど、あの人には帰る場所がある。だから一人で死のうと…………でも、この子を授かったの。この子のために生きようと思い留まったの。この子と共に、生きたかったの』



 息も絶え絶えに、それでも必死に言葉を絞り出す妹の手を握り、お父様は何度も頷いてみせた。



『この子のことは大丈夫だ。私に任せておきなさい。お前は出産したばかりなのだろう? 今はしっかり休まねば』


『ヴァリティタ……ヴァリティタよ。この子の名前』



 既に二人で名付けをしていたようで、パルサは隣で泣きじゃくる我が子を見て、柔らかに微笑んだ。



『ヴァリティタか、いい名前だ。よしよし、お前が元気になるまで、お兄様が育てよう。お前と私は顔が似ているから、ヴァリティタも安心できるはずだ。ヴァリティタは、この私が必ず幸せにする。だからお前は何も心配しなくていい。パルサ、お兄様はどんなことがあってもお前の味方だ。お前のことを、心から愛しているよ』



 堪え切れず、涙を流しながらお父様は最愛の妹に約束した。



『ありがとう、お兄様……私も、お兄様を愛している。お兄様の妹で、本当に良かった。面倒をかけてごめんなさい。メラニオ様と一緒に、少しだけ休むわね。ヴァリティタのこと、お願い……』



 そこでパルサは言葉を切り、双子の兄と同じ、そして息子にも受け継いだアイスブルーの瞳を瞼で伏せた。


 長い睫毛の隙間から一粒の涙が溢れ落ちたきり、二度とその目が開かれることはなかった。

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