ヴァリティタ誕生秘話
腐令嬢、馴れ初めを聞く
翌日、朝食を終えると、私は両親と共に家を出た。
車を運転するのは、アズィム。
護衛も侍女も伴わず、四人だけで外出するなんて初めてのことだ。
後部座席に私を挟んで親子三人で座っていたのだが、誰も口を開かず、暫くは無言のままだった。
「…………ヴァリティタから、どこまで聞いたんだい?」
気まずい静寂を破り、お父様がそっと訪ねてきたのは、車を走らせて三十分も過ぎた頃だった。
「お兄様からは……何も。ただ、お前は妹ではない、と言われて」
あの夜に何があったか、詳細を問い質されるのではないかと身構えながら、私は小さく答えた。
「それだけで悟った、というのか」
「驚いたわ……学校の成績は良くないのに、こういうことには敏いのね」
お父様とお母様が揃って目を丸くする。居たたまれなくなって、私は二人から目を逸らして俯いた。
正確には予想を大きく外してイリオスに解答を教えてもらったのだが、そんなこと言えるはずもないので。
昨夜――私は勇気を出して、二人に真相を尋ねた。
話題が話題だけに他の者に聞かれてはならないと思って、最も安全そうな寝室に忍び込んだんだけれど……いやぁ、お父様ったらえっらいロマンチックな愛の言葉を囁くのねー。お母様のデレッぷりもなかなかすごかったわー。あのお母様が『トゥロにゃぁん、ダクにゃんもだぁいちゅきぃ♡』とか言っちゃうんだもんなー。普段とのギャップの温度差で風邪引きそうになったよね!
ちょっと面食らったせいで微妙にタイミングを逃したけど、本格的に愛の営みが始まっては余計に出にくくなるので、私は隠れてたベッドの下から飛び出して二人に怒られるより先に質問を繰り出した――――『お兄様の本当の両親について知りたい』、と。
二人は抱き合ったまま唖然としていた。しかしすぐに私の元に駆け寄り『今夜はもう遅いし明日必ず話すから、部屋に戻りなさい』と約束してくれて、今に至るというわけである。
私が何も知らないとわかると、お父様は再び間を置いてからゆっくりと告げた。
「…………私には、双子の妹がいたのだよ。パルサ・レヴァンタ。それが、ヴァリティタの実の母の名だ」
「…………父親はメラニオ・ヴェリコ三爵子息。私の、一つ上の兄です」
さらに、お母様が固い声で言う。
え? お兄様が、お父様の妹とお母様の兄の子……ということは!?
「お前とヴァリティタは、本当は従兄妹という関係なのだ」
お父様に明かされ、私は仰け反った。
そ、そうだったのかーー!!
道理で髪色と目の色が同じだったり、顔貌が似てたりするわけだ。兄妹でなくても、かなり近い血縁者だったのね。
「二人が出会ったのは、私達が婚約した時だった」
当時のことを噛み締めるようにゆっくりと、お父様はお兄様が生まれた経緯を語り始めた。
今から十数年前、お父様はとある社交パーティーにて独創的なファッションに身を包み個性的なダンスを披露する令嬢――言わずと知れたお母様――に一目惚れした。以来、お花をプレゼントしたりデートに誘ったり、熱烈なラブレターを毎日少なくとも十通は送ったりとストーカーばりの猛アタックを繰り返し、やっとの思いで婚約に漕ぎ着けたという。
実はお母様も、飢えた獣と怯える小動物を足して二で割らないような雰囲気がキュンキュンする殿方――即ちお父様――に一目惚れしていたらしい。しかし殿方にアタックされるなんて初めてのことで、プロポーズされるまでお父様による数々の愛情表現を全く理解していなかったんだと。クソ鈍いにもほどがあるわ。
そんな心温まるような薄ら寒くなるような馴れ初めを経て婚約した二人だけれど、少なからず周囲の反対もあったそうだ。というのもお父様は三人の娘の後にやっと生まれた待望の嫡男だったため、迎え入れるなら三爵令嬢なんかより家柄の良い娘を、とお父様のお父様――私のおじい様に当たる当時のレヴァンタ一爵閣下はお考えだった。
それを教えてくれたのは、運転しているアズィムだ。
「しかしダクティリ様はセンスこそ奇抜でしたが、知性も品性も申し分なし。また何人もの使用人を鬱にさせるまで追い込んだトゥロヒア様の姉君達による嫌味の猛攻にも屈しない精神的な強さ、無茶振りの女帝と密かにあだ名されていた夫人に命じられた二十四時間耐久ダンスを軽々とこなす肉体的強さも兼ね備えておりました。ですので私もダクティリ様ならレヴァンタ家の一員としてやっていける、むしろトゥロヒア様にとって大きな力になると、レヴァンタ家の皆様に全力で推したのです」
「嫌だわ、アズィムったら。そんな昔のことを……もっと褒めてくれていいのよ?」
お母様がクネクネしながら、運転席をベシベシ叩く。
マジかよ、お母様すげえな……そりゃあのプルやんも逆らえないはずだわ。
「一番の決定打となったのは、やはりトゥロヒア様でしたがね。ダクティリ様と結婚できないなら自分がヴェリコ家に嫁入りする! とウェディングドレスまで用意して、それを着用して家の中を徘徊し始めた時はこいつもうダメだ……と、反対していた家人も諦めました」
「コラ、アズィム! 今になって暴露しなくたっていいじゃないか! ああ、恥ずかしいことを知られてしまったなー。それだけ一生懸命だったと理解してくれると助かるなー? 嫌いにならないでくれると嬉しいなー?」
アズィムに秘話をバラされたお父様が、チラッとこちらを窺う。しかし私には引き攣り笑いしか返せなかった。いや、恥ずかしいどころの騒ぎじゃねーよ。ドン引き案件だよ。
お母様は『あなたのウェディングドレス姿、見てみたかったわ……』なんて抜かしてるけど……ええと、何すかこれ? 私、何でバカップル誕生物語を聞かされてるんすかね?
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