腐令嬢、自主規制す
こいつに解決策を聞くんじゃなかったと思いっ切り書いてある顔でイリオスが立ち上がったところで、私は本題であるステファニの話の他に、もう一つ彼に聞きたいことがあったのを思い出した。
「そうだ、イリオス。もうちょっといい?」
「はぁ? 何ですかぁ?」
「あの……お兄様の、ことなんだけど」
ものすごく嫌そうに問い返したイリオスだったけれど、お兄様という単語を聞くや、すぐ椅子に座り直した。
「お兄様が、来週帰ってくるんだよね。といっても滞在は三日だけで……」
「宿泊はレヴァンタ家ではなく別宅となる……という話なら既に聞いてますよ」
どうやら両親がイリオスに前もって連絡したらしい。けれど、私が気になっていたことは聞いてくれなかったようだ。
「そ、それでさ……お兄様、私と話す時は『ステファニを介して』ってイリオスに命令されてるじゃん? でもステファニは家にいないじゃん? この場合、お兄様が私と話したくなったら、どうしたらいいのかなーと思って?」
躊躇いがちに尋ねると、イリオスは盛大に肩を落として額を押さえた。
「あんた、まだ懲りてないんですかぁ? あんなひどいことをされておいて」
「あ、『あんなこと』があったからこそよ!」
つい大声になってしまったのは、その時のことを思い出して今更気恥ずかしくなったからだ。
だだだだだって!
嫌がらせとはいえ、私、お兄様にキ(自主規制)されたんだよ!? キ(ピー)されるなんて初めてだったんだから、恥ずかしくなるのは仕方ないじゃん!
「お、お兄様は、私のことは憎んでいるかもしれない。でも、家族のことは大切に思っているはずなんだ。だから、このままじゃいけないと思うんだよね……」
そこで私は息をつき、お兄様の帰省を知らされた時に固めた決意を口にした。
「明日、お父様が休みだというから、お兄様のことを聞くつもり。お兄様がどんな生まれだろうと、私は受け止める。お兄様に拒まれても、私だってお父様とお母様と同じように、お兄様を家族として受け入れたいと思っているから」
『あなたが自分で、ご両親に聞くべきです。お二人と一緒に、ヴァリティタ様を家族として受け入れたいと思っているのなら』
そう――私はイリオスに告げられた言葉を、ついに実行しようと決めたのだ。
あの事件から数ヶ月――イリオスから事実を明かされても、両親の心の傷を抉るのではないかと怖くて、お兄様のことには触れられなかった。
けれどきっと今、誰よりも不安な思いをしているのはお兄様のはず。戻ってきた自分を皆は迎え入れてくれるのか、お兄様はこの上ない不安で押し潰されそうになっているはず。
お父様とお母様も、同じだ。両親は私とお兄様の間に何があったか知らない。そのせいで、どう対応すべきか悩んでいる。私には決して言わないけれど、お兄様の帰国の知らせが届いてからお父様は大好物の焼き魚を三匹しか食べられなくなったし、例年なら夏場は頻度が下がるお母様のプルトナむんぎゅり率も上昇した。この暑さもあって、プルトナはほんのり僅かに何となく痩せた気がする。
このままじゃ、久々に家族が再会できてもまたぎくしゃくするだけで終わってしまうに違いない。だから、私が皆のために動くのだ。
私の決意表明を聞き終えると、イリオスは静かな声音で告げた。
「僕はあなたのご両親の前で、ヴァリティタ様に『ステファニを介して』と宣言したんです。それを後で変更するなどできるわけがないし、するつもりもありません」
が、吐き出された言葉は冷淡なものだった。
そりゃそうよね……あの決定はイリオス個人じゃなくて、第三王子として下したんだもの。簡単に掌返したように変えるなんて……。
「でもこれは、ヴァリティタ様側からあなたに接触する場合のルールなんで。それ以外については何も言ってませんから、好きにしたらいいんじゃないですかねぇ?」
しゅんとしょげかけた顔を上げて、私はイリオスを見つめた。
「じゃあ、私からお兄様に接触するのは……」
「あーあー、僕は何も聞こえませーん。聞いてませーん。あとは自己責任でお願いしまーす。話が終わったなら、そろそろ部活に戻りたいでーす。早く楽しい百合語りで癒やされたいでーす。クソウル
両耳を手で覆って文句を垂れるという幼稚な行為で、イリオスは誤魔化しになっていない誤魔化し方をしつつ、暗に私の要望を了承してくれた。
…………本当にこいつ、良い奴なんだか嫌な奴なんだかわかんないよな。
てかどっちがキモキモだよ。両耳塞いで白目剥いてクネクネしやがって……お前のがクソクソキモキモだろーが!
ていうかせっかくアドバイスしてやったんだから、ゴチャゴチャ言わずに全部実行しろよな!!
結局、いつものように悪態をつき合いながら私達は部屋を出て、それぞれの部室へと別れた。
ステファニとお兄様の件は、綺麗に話がついた。しかし、互いに口にしなかったことが一つだけある。
イリオスは『ゲームとは違う人生を送ってほしい』と考えて、ステファニを自分のの元から離した。けれど彼女は『ゲームの通り』、彼の側近に戻った。
来年からは、ついにゲーム本編が始まる。
そのため、今回の件も『クラティラス・レヴァンタを死に追いやろうとする世界の力』が働いたのでは――――と、イリオスも考えたに違いない。
でも私は、彼に確認しなかった。彼も私に言わなかった、
自分の口で言葉にしてしまうと、それを相手の口から聞くと、それが真実だと認めなくてはならなくなるような気がして恐ろしかったから。
気が合わない私達だけれども、その時だけは同じ気持ちだったと、何故か確信できた。
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