腐令嬢、地雷を教える


 夏休みに入ると、我らの部活『花園の宴 紅薔薇支部』は恒例の如く、暇がある者だけが出てくるという緩い形式で、のんびりと活動することとなった。


 ところが今年は、学校の休暇期間中は丸々お休みするのが通例だった白百合支部も部活動を行うという。



「白百合の部長として紅薔薇に遅れを取るのも癪ですし、僕も城にいてばかりじゃ息が詰まりますしなー。ちょっとくらいリフレッシュしないとやってられませんよ」



 そう言ってイリオスは大袈裟に肩を竦めてみせた。


 ステファニがレヴァンタ家から王宮に移って、本日で一週間。我々は手紙で申し合わせ、その日は部活を少しの間だけ抜けて例の旧音楽室で落ち合った。


 これまで白百合支部が休み中に活動できなかったのは、部長が忙しくて時間を取れなかったせいだ。その張本人が偉そうに抜かしよるわ……この夏の熱気で溶けてしまえばいいのに。



 イリオスに余裕ができたのは、昨年から第二王子のクロノがこの国に戻ったおかげだ。


 これまでは第二王子の皺寄せを食らって、第三王子である彼がクロノの分も各種イベントに引っ張り回されていたので、当国王子比にして二倍忙しかったんだって。

 クロノも最初は逃げ回っていたらしいけれど、行動パターンを把握した護衛達に取っ捕まることが増えたため、最近は諦めて大人しく言うことを聞くようになったらしい。


 だからといって、イリオスは決して暇になったわけじゃない。次期国王の座は第一王子のディアス様が受け継ぐ予定ではあるが、王位継承権を持つ者として然るべき知識をを身に付けるために帝王教育をみっちり受けなくてはならないのだ。もちろん、学校の勉強だって疎かにできない。王家の者が赤点を取るだとか落第するだとか、そんな情けないことになったら皆に示しがつかないので。


 特にアステリア学園は、エリート校だけあって夏休みの宿題の量も多い。


 口ではリフレッシュなんて言ってるけれど、ただの負担にしかならないことは私にもわかる。それでもイリオスが休み期間に部活を始めたのは――――間違いなく、ステファニのためだ。


 レヴァンタ家にいる時は、いつもステファニも私と部活に出ていた。それができなくなることを憂いていると、イリオスは察知していたんだろう。私と離れたくなかったという本心も、読み取っていたのかもしれない。


 イリオスって意外と人の心の機微には敏感で、それなりに気配りもできるんだよなぁ。なのにさぁ……。



「それより、そろそろステファニに僕で妄想するのをやめるように言ってくれませんかぁ? あれから食事してるところを食い入るように見つめられるようになって、本当に居心地悪いんですよねぇ? 耐え兼ねて注意したんですけど『ウケオスセメオス、どちらもいける食べ方をするせいで妄想が捗って仕方ない。そんなものを見せられるこっちの身にもなれ』って真顔で逆ギレされて、何故かこちらが謝る羽目になったんですけどぉ……? ステファニまでこんなに気持ち悪くなってしまうとは……ウルもBLも滅びればいいのに」



 …………どうしてBLと私には、その細やかな気遣いが発揮できないんすかねぇ?

 いついかなる時も、エブリデーエブリタイムで、エブリ江宮えみやエブリオスはクソほど感じ悪いですよねぇ?


 心底嫌そうに眉を顰めるイリオスをぶん殴りたい衝動に駆られまくり倒したけれども、そこをぐっと堪え、私はそっと本題を切り出した。



「ねえ、イリオス。ステファニがあの日、誰も居場所を知らないはずの私達があの倉庫にいるってわかったのは、やっぱり……」



 イリオスは頷き、小さく吐息をついた。



「恐らく、そうだと思います。ステファニ本人にも問い質しましたが、彼女には『まだ』理由がわからないようでした。ただ何となくあなたがあの場所にいるような気がして向かってみたのだと、そう繰り返すばかりで」


「そう…………『まだ』気付いていないのね」



 それを聞いて安心し、私も大きく息を吐き出した。



 ステファニは『まだ』知らない――――己の中に、何よりも嫌悪する魔法の力が眠っていることを。


 私のことを深く心配したせいで一時的にその能力が知覚に影響を及ぼしたんだろう、とイリオスは私と同じ見解を示した。


 今回は勘だと誤魔化せるほど僅かに発現しただけだったが、ステファニに封印された能力は恐ろしく強大だ。なのにとても不安定で、暴走してしまったら誰にも止められない。後に聖女となるリゲルでも、だ。


 周りでそれを知るのは、ゲームをプレイした我々二人だけ。本編で起こる悲劇を未然に防ぐことができるのは、私達だけなのだ。



「ステファニとは離れて暮らすことになったけど……もう二度と余計な心配をかけないようにしなくちゃね。目が届かないからこそ、不安にさせるところもあるだろうし」



 不可抗力だったとはいえ、自分がステファニの隠された能力を引き出してしまったのだ。猛省せねばならない。



「お、ウル腐にしてはまともなことを言うじゃないですか。良い心掛けです、二度と誘拐なんてされないように気を付けてください。それとステファニはあなたがまともに生活できているかをとても気にしてますので、BLイラストなんかにかまけてないで早寝早起き予習復習を頑張るのですぞー」


「うるせーな。BLイラストを描かなくなったら、ステファニが逆に心配するわ。そっちこそ気を付けろよ? 何たってゲームでステファニを追い詰めるのは、他の誰でもない『イリオス殿下』なんだから」



 私の反省文句に嫌味を返したイリオスも、これには神妙な顔になって頷いた。



「ええ……これからはステファニを幻滅させる方向で頑張ろうと思ってます。なので『いくら推しでもこれは無理だ!』という言動や行動があったら、いろいろ教えてください。うっかりポケットに入れたまま洗濯したティッシュ✕それに塗れた洗濯機でも楽しげにキモキモしくBL妄想してた大神おおかみさんなら、きっと素晴らしいアドバイスをくれると期待してますぞ!」



 輝かんばかりの笑顔で頼りにしてまっせ! といった発言をされたが、嬉しくないったらありゃしない。こいつ、ナチュラルに私をディスることに関しては天才だよなー。


 仕方なく、『NTRネトラレ性癖のくせに処女厨だからNTRネトラレた瞬間に冷めるタイプ』『全身に様々な生物の排泄物を塗りたくることが生き甲斐のウン○コマイスター』『おならでしか本音を語ることができない意地っ張り攻め(受けなら可愛くいただけたのに非常に残念であった)』といった自分が萌えられなかったBLをいくつか挙げ、ついでに『ステファニはイリオス✕クロノとクロノ✕イリオスが超地雷だから、クロノとイチャイチャしてみたらどうだろう?』と助言して差し上げたのだが――イリオスは遠い目で受け流すのみだった。

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