腐令嬢、さよならはしない
とにかく、ステファニはイリオスが魔法を使えると知っても見る目を変えなかった。それならきっと王宮での生活は、彼女にとって幸せなものとなるだろう。ステファニが幸せなら問題ない。
――――はずなのに。
安堵すると、私の中で、今度は別の感情が湧き上がってくる。
「じ、じゃあ、お城に戻れて良かったんじゃない。ずっとイリオスの側にいられるわけだし? なのに何で戻りたくないなんて言うの? あ、わかった。スタフィス王妃陛下が意地悪しそうだからでしょ? アフェルナからいろいろ聞いてるけど、あの方の嫌がらせってえげつないらしいものねー」
溢れそうな気持ちを隠すように、私はへらへらと笑ってみせた。しかしいつもの無表情に戻ったステファニは、枕に乗せた頭を横に振る。
「だったら何よ? あー、もしかしてー? 私が早起きできないんじゃないかって心配なのー? それなら平気よ、ネフェロもアズィムもいるしー? 他の侍女だって……」
「私は平気ではありません」
ステファニの頬をつんつんと指でつついて冗談ぽく茶化していた私だったが、静かに吐き出された声がそれを止めた。
「クラティラス様は、私などいなくても平気なのでしょう。けれど私は……クラティラス様のいない生活がこれから始まると思うと、寂しくて寂しくて仕方ありません。殿下がせっかく取り計らってくださったのだからこんなワガママを口にしてはならないと、ずっと我慢してきました。でも本当は、王宮になど戻りたくないのです。クラティラス様とは、いずれ別れねばならないとはわかっていました。それでも……!」
その先は紡がれず、言葉の代わりに琥珀の美しい瞳から涙が溢れる。肩を細かく上下させて嗚咽を堪える姿に、私の涙腺もあっけなく崩壊した。
「ステファニィィィ…………私も、私だって平気じゃないよぉぉぉ……」
私は泣きながら、ステファニに抱き着いた。そして、彼女の感触を、温もりを、香りをこの身に刻みつけんと力を込める。
そうだ、私だって我慢していた。
ステファニの気持ちが一番大事だと考えて、自分の思いを押し殺していた。ステファニが幸せならそれでいい、そう思おうとした。
だけど嫌だ。
ステファニがこの家からいなくなるなんて、本当は嫌だ。諦めるしかないとわかってても、嫌なものは嫌なんだ!
「さっき、平気だと言ったばかりではありませんか……! クラティラス様は、ずっと平気な顔をしていたではありませんか……! 私がいなくなることなど、全く気にしていないのだと、密かに傷付いていたのですからね……!」
ステファニも私を抱き締め返し、震え声で本音をぶち撒ける。
「だって、言えるわけないじゃん……! ステファニと離れたくないなんて……! 私個人のワガママでダダこねたって、空気読めや
「そう装うしかなかったと、たった今説明しましたよね……! 人の話を聞いていなかったのですか……? そんなだから、私に心の中でクソティラスなんて呼ばれるんですよ……! 初めて出会った時から、このあだ名は変えてませんからね! 今後も変えるつもりはありません! ずっとクソティラスと呼び続けます!」
「クソティラスって、いくら何でもひどくね!? 私こそ深く傷付いたわ! あーあー、もう立ち直れないかもなー! オラ責任取れ、クソファニ!」
「何ですかそれ、語呂が悪い上に私の二番煎じじゃないですか! そんな雑なあだ名大喜利で私に勝てるとでも? クソティラス様こそ、責任を取ってください!」
本心を打ち明け合っている内に何故か罵り合いに発展したけれども、すぐに私達は揃って吹き出し、罵倒合戦は終わりとなった。
「良かった……クラティラス様も私のことなんていらなかったのかと、また捨てられたのかと、こんなにも好いているのは私だけなのかと思っておりました。凹みすぎて最近はイリエミイリ妄想もできず、クラティラス様の男体化・クラティオス様との夢妄想に走ってしまうほど思い悩んでいたのです」
思い出したように涙を指先で払いつつ、ステファニがこんなことを真顔で言うもんだから、私はまた笑ってしまった。
「いいわ、そんなに男体化した私に惚れたというなら責任を取ろうじゃないの。離れてもずっとずっとずぅーっと、ステファニの友達でいてやるんだからね! ステファニが困った時は一番に駆け付けるし、一番の力になってみせるわ!」
いい感じに育ってきた胸を叩いてフンスと鼻息を吐いてみせると、ステファニも笑った。
「ええ、クラティラス様には責任を取っていただかなくては。この私に、イリオス殿下のお側にいるより、一緒にいて楽しいと思わせた罪は重いです。学校でも離れませんし、ずっとずっとずーっと友達でいていただきます。何かあれば、真っ先に頼りますからね?」
それから私達は抱き合って笑い合い、最後の夜なのだから徹底的に楽しもうと、眠らずに熱く激しく朝までBL生談義を繰り広げた。
翌日は当然の如く、睡眠不足で二人共フラフラだった。
お父様とお母様にペタンコにされるかと思うほど抱き締められ、そしてまさかのアズィムがワンワン号泣し、狼狽えたネフェロが慰めようとして慣れない変顔を連発するというカオスの中――ステファニは王宮から寄越された迎えの車に乗り、レヴァンタ家を去った。
寂しくないと言えば嘘になる。
けれど、これはさよならじゃない。学校に行けばいつでも会えるし、何より私達は心で強く繋がっている。一緒に住んでいなくたって、それは変わらない。
だから私が最後に彼女に告げたのは、たった一言――またね、というシンプルな言葉のみだった。ステファニも同じく、ではまた、とだけ返した。
遠退いていく車を見送りながら、私は改めて固く誓った。
ステファニは必ず救う。あんな悲劇は起こさせない。自分がどうなろうと、大好きな友達を何としても幸せにするんだ、と。
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