腐令嬢、糾弾す


 お父様に優しく背中を押され、私は墓石の前に立った。



「お兄様、クラティラスよ。生まれたばかりの時に、一度顔見せに来ただけだから驚いたでしょう。もうこんなに大きくなったのよ。しかもね、何と第三王子殿下との婚約が決まったの。すごいでしょう?」



 隣からお母様が私の肩を抱き、華やいだ声で報告する。


 その横顔は初々しい乙女みたいで、高級エステサロンをハシゴして一時的にリフトアップした顔なんかよりも若々しく見えた。ここでは、お母様もお兄様を愛する一人の妹に戻るんだろう。



「パルサ、クラティラスは私によく似ているだろう? つまり、お前にも似ているということだ。つまりのつまり、ヴァリティタにも似ているというわけだ。な、クラティラス?」



 お父様の方は謎理論を展開した挙句、私に振る始末。な、と言われましても。



「え、ええ、そうね。お兄様と私は、顔立ちがとてもよく似ているみたいですわ。いろんな方に言われますもの」



 適当に合わせ、私は令嬢らしく受け答えした。するとお父様は墓石に向かい、その前に膝を付いて頭を垂れた。



「すまない、パルサ…………成人したら連れてくると言っていたのに、叶えられなかった。それどころか私はヴァリティタを、深く傷付けてしまった。必ず幸せにすると、約束したのに」



 お母様は慌ててお父様に駆け寄り、その身を抱き起こした。



「あなたのせいじゃありませんわ。私も、ヴァリティタの気持ちを汲み取ってあげられなかった。あの子が留学したいと言い出した時、真っ先に反対したのは私よ。あの子が離れていってしまうようで怖かった。もう戻ってこないのではないかと、不安で不安で、今も不安で仕方ないのよ……!」



 抱き合って泣く両親を見つめながら、私はこの場にいるのが自分ではなくお兄様だったらどんなに良かったかと一人歯噛みした。


 いいや、こんなところで奥歯を擦り減らしたって何も変わりはしない。変えてやるのだ、この私が。


 思うが早いか、私は両親の前に進み出て、レディの拝謁ポーズを決めた。



「自己紹介が遅れまして申し訳ごさいません。私はクラティラス・レヴァンタ。トゥロヒア・レヴァンタとダクティリ・レヴァンタの間に生まれた、『二人目』の子ですわ」



 背中に、二人の息を飲む気配を感じる。けれど、ここは言わせていただくわよ!



「あなた方がのんびり眠っている間、お父様とお母様は大変な苦労をしました。そんな中で、あなた方の子を立派に育て上げたのです。なのに何故、こちらが謝らなくてはならないの? 感謝されこそすれ、頭を下げなくてはならない謂れはないと思うのですけれど?」



 お父様とお母様は、お兄様と引き換えに財産と使用人全てを一気に失ったのだ。


 一爵という貴族最高位であっても、地位だけでは食っていけない。また外務卿が高給であっても、身銭を切ってのお付き合いが必須な職務であることは私もよく知っている。当時は貯蓄するどころではなかっただろう。



「ク、クラティラス……そんな言い方をしなくても」


「そ、そうよ、クラティラス。二人は好きで眠っているわけでは」


「お父様とお母様は黙ってて! 私は今、パルサ・レヴァンタ令嬢とメラニオ・ヴェリコ子息に話しているのよ! 邪魔をしないで!!」



 宥めようとする両親を一喝し、私は続けた。



「今、我々は確かにすれ違っております。でもそれは、互いを想うからこそ。ぶつかり合って擦れ合って絆が強くなる、家族とはそういうものだと私は思っておりますわ。つまり……あなた方が出る幕ではないのよ」



 そこで私はずかずかと墓石に近付き、その表面に叩き付けるように手を置いて見下ろした。壁ドンならぬ墓ドンである。



「いい? パルサ様、あなたがお父様のことを愛しているように、私はお兄様を愛している。お母様がメラニオ様を愛しているように、私はお兄様を愛している。ヴァリティタ・レヴァンタは、私のお兄様よ。世界でたった一人の、私の大好きな大好きなお兄様よ。血の繋がりなんて関係ないわ。だから私達があなた達に負い目を感じる必要なんてない、そうでしょう?」


「クラティラス……もう」



 もうやめなさい、お父様はそう続けたかったのだろうと察することはできた。それでも、どうしてもこれだけは言いたかった。



「私達は、血の繋がりなどなくても家族なのよ。あなた達と同じくらい、いいえ、それ以上にお兄様を大切に思っている。だってあなた達はお兄様に罵られたことなどないでしょう? お兄様にひどいことをされたことなどないでしょう? お兄様の嫌な面を、何一つとして知らないでしょう? 私達はそれを乗り越えた上で、お兄様を愛しているの。お兄様への認識が、無垢な赤子の頃で時が止まっているあなた達とは違うのよ!」


「クラティラス、いい加減にしなさい!」



 お母様が叫んで私の肩を掴む。けれど、私は言葉を止めなかった。



「だから私が! 『実の妹』である私が! お兄様をここに連れてきてさしあげますわ! お兄様だって、あなた達に言いたいことがたくさんあるはずだもの!!」



 肩に込められた力が、緩む。


 お母様がどんな顔をしているのか気になったけれど、私は振り向くことはせず、最後の悪態を放出した。



「精々、たっぷりと恨みつらみを吐かれてくださいませ! 耳を覆いたくなるほどの罵詈雑言をこれでもかと叩き付けられれば良いのよ! でも、それでも……!」


「…………クラティラス!」



 そこでついにお父様が私の胴に腕を回し、墓石から引き剥がした。



「お前、お前は何ということを…………」



 喘ぐような声に私は恐る恐る振り向き、お父様を見上げた。


 お父様はこれまで見たこともないほどの厳しい表情をしていたけれど、その目には涙がいっぱいに溜まっていた。


 さすがに言い過ぎたか……でも怒られたって仕方ない。それだけのことを言ったんだもの。



 覚悟して身構えていたのに、お父様は腕を解くや、今度は正面から私を強く抱き締めた。



「いいや……お前の言う通りだよ、クラティラス。お前は、私の心を代弁してくれたのだ。私はパルサを愛していた。けれどヴァリティタを残して逝き、自分にだけ苦労をかけた彼女を恨んだことも、確かにあった。どれだけ愛情を注いでも、ヴァリティタの本当の親になれないことが辛くて、何もしていないのに無条件で親でいられるパルサを妬んで……」


「私も……私も同じよ……!」



 すぐにお母様も続き、むんぎゅりに加勢してくる。



「私もメラニオお兄様を、愛していた。でも、羨ましさのあまり憎むこともあった。お兄様だって、きっと生きてヴァリティタを育てたかったでしょう。ヴァリティタの成長を見たかったでしょう。それがわかっているからこそ、口に出せなかった。ヴァリティタは私の子だと、言いたくても言えなかった。お腹を痛めて産んだパルサ様にも、申し訳なくて……」



 それからお母様は涙に濡れた顔を上げ、きっと墓石を睨んだ。



「けれど、ヴァリティタは私達が育てたのよ! 毎晩激しく夜泣きするヴァリティタを一緒に必死にあやし、一睡もできない日も多かった! 食費を削ってまであの子のミルク代やおむつ代を捻出した! あの子が初めて言葉を発した時は、二人で抱き合って泣きながら喜んだわ!」


「そうとも! 血の繋がりがなくたって、ヴァリティタは私達の子だ! 君達だけの子ではないのだ! 私達にも、親であると主張する権利を分けてくれたっていいじゃないか……!」



 お父様も、お母様に加勢する。



 四本の腕に抱かれ、二人の叫びを聞きながら――――私は、お父様もお母様も同じ気持ちだったんだ、と安心して吐息を零した。



 血の繋がりなんて関係ない。


 そう思おうとしても、本物の両親には敵わないとどこかで諦めていた。この劣等感のせいで、胸を張れなかった。最近事実を知った私なんかとは比べものにならないほど、お父様とお母様はずっと苦悩し続けてきたんだろう。そしてこの思いを、互いにすら明かせなかった。お兄様の本当の両親が、お父様にとってもお母様にとっても大切な存在だったから。


 けれど今、二人はやっと本音をぶち撒けることができた。血の繋がりなんて関係ないと、これからは臆することなく言えるはずだ。



「ねえ……お父様、お母様。私からお願いがあるの」



 両親サンドの隙間から、私は声を上げた。



「いつかお兄様がここに来て、本当のご両親のことを受け入れてくれたら、その時こそ私達は本当の家族になれると思うの。それが叶ったら、私もパルサ様とメラニオ様を、第二のお父様とお母様と呼ばせていただいていいかしら?」



 二人は呆気に取られた表情をしたけれど、すぐに頷き、笑顔で私をまた抱き締めた。



 今は三人だけど、次は四人で来よう。


 こうして、家族一個となって抱き合おう――――きっと、ここに眠るお二人も、私達と笑い合うお兄様の姿を見れば『家族』として認めてくれる。そして、私のことも『第二の娘』として受け入れてくれるはずだ。



 …………と、家族の温かさを感じながら決意を固めたまでは良かった。


 現在、真夏の日中である。しかも、いつまで経っても二人は離れてくれない。


 三十分程して心配したアズィムが呼びに来てくれなかったら、熱中症で倒れてたところだったよ……。お父様もお母様も、本当に加減ってものを知らないんだから!

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