腐令嬢、キャラ崩壊す


 その後、我々はそれぞれの家に帰宅した。


 私とロイオンが課外授業を抜けて、イチニ、サンシ、ゴロクと一緒にあの倉庫にいた理由はステファニが適当に考えてくれた。


 ところが、せっかく考えてくれて申し訳ないんだけど……その理由ってのがすんげーひどくてさー。



「まさか髪飾りを食べようとするなんて……クラティラス、あなたどれだけ食い意地が張ってるの!? レヴァンタ一爵令嬢として、それ以上に人として恥ずかしくないの!? 課外授業で消えたと連絡を受けてから、ずっと心配していたのよ!?」


「ごめんなさい、お母様。お昼の量が少なかったの。我慢できなくて、うっかり食べてしまったの。実は前から、とても美味しそうだと思っていたの」



 激昂するあまり、愛猫プルトナの太ましい体を絞るように抱き締めて叱るお母様に、私は死んだような目で謝った。



「まぁまぁ……見ようによってはデザートに見えなくもないかもしれなくもないじゃないか。やってしまったことはさておき、すぐに診てくれた医者も問題ないと言ってくれたのだ。一先ず、クラティラスの無事を喜ぼう」



 見兼ねたお父様が、お母様の隣から優しい言葉をかけてくる。


 有り難いけれど、私がそんなアホなことするはずないとは思ってくれないのね。そこは否定してくれないのね……。



 いや、信じてくれなきゃ困るんだけどさ…………でも普通は信じないよね?


 まさか『一爵令嬢が昼食後に落とした髪飾りを探して何とか見つけたものの、空腹のあまり食べて喉に詰まらせた』なんて。それを『一緒に髪飾りを探してくれていたルタンシア四爵子息とたまたま通りがかった三人組が協力して救助した』って……私のキャラだけ崩壊しすぎじゃない!?


 いくらお腹が空いてても、髪飾りを食べようとしたことなんざないわ! どんだけ食い汚いと思われてんの、私!?



「もう二度とこんなバカなことをさせないよう、この子の首には拘束具を付けておくべきよ。そうすれば無闇に拾い食いしたとしても、誰かに首を絞めてもらって吐き出させるなんて恐ろしいことをしなくて済むわ」



 私の首についた絞め跡を見て、お母様がとんでもない提案をする。


 ちょっとちょっと、勘弁してよ! 拘束具とかただの拷問じゃん!



「いや、それはやめておこう。プルトナも首輪を付けているが、家の中に落ちてるものを何でも食べては吐いているし、あまり効果がなさそうだ」


「言われてみると確かにそうだわ。それよりも、淑女教育にもっと力を入れて本人の意識を変えさせた方がいいわね。このままイリオス殿下に嫁いでしまったら、王宮の内部から建物まで食べ尽くしそうだもの」



 二人して、ひどくなぁい……? プルやんと同レベル、ってかそれよりやべー飢えた獣みたいな扱いになってるしぃ……。



「しかし詰まった髪飾りを吐き出させるためとはいえ、女の子の首を絞めるなんて勇気がいっただろうに。本当に親切な人達に出会えて良かった」



 私の首に薄っすらと残る指の跡を見て、お父様が溜息を吐く。



「それとルタンシア四爵子息の……ロイオンくんといったかしら? 助けてくれるといっても見知らぬ大人ばかりでは心配だからと、ずっと側についていてくれたのでしょう? 彼にも感謝しなくては」



 お父様の言葉に頷き、お母様もやっと笑顔を見せた。



「うむ、皆がいなかったら今頃どうなっていたことか。クラティラスを救ってくださった方々には、改めてお礼をしよう」


「あの、お父様……それについて、私から提案があるのです」



 ここで私はBL妄想に逃避していた脳内を現実へと戻し、お父様に進言した。


 私の話を聞くとお父様は笑顔で了承し、お母様も賛成してくれた。これであの三兄弟の問題は全て解決するだろう。



 あの三人……ステファニから説明を受けても信じなかったけれど、実際にレヴァンタ家を訪れて私が本物のレヴァンタ令嬢だとやっと理解した瞬間に揃ってギャフンと叫んでいたなぁ。ギャフンなんて言葉を口にする奴は滅多にいないと言ってたけど、ちゃんといたよ、イリオス。



 ステファニ。イリオス。



 やっと両親の許しを得て部屋で休むことを許された私は、階段を登った最奥にあるステファニの部屋を見つめ、重い溜息を吐いた。


 イリオスは、三兄弟とデスリベが腰抜けから立ち直ってこちらに来る前に透明化してあの場を後にした。なので私とステファニ以外、あそこにイリオスがいたことは知らない。


 しかしイリオスは立ち去る前に、ステファニに命じたのだそうだ。すぐ城に来るように、と。


 イチニ、サンシ、ゴロクと共に馬車に乗ってまずルタンシア家にデスリベを帰し、レヴァンタ家に戻ると、こっそり家を抜け出したというステファニも一緒に怒られた。怒りながら、お父様とお母様は私達二人を宝物のように抱き締めてくれた。


 しかし――そんな両親に向けたステファニの目は、この上なく悲しげだった。


 二人に事情を説明してから、ステファニは急用で城に行かねばならない旨を告げ、イチニ達が辞去してすぐ、用意してもらった車に乗ってレヴァンタ家を去っていった。

 いつも通りの無表情だったけれど、その横顔はとても暗く、深く沈んでいるように見えた。


 三年以上の付き合いだから、ステファニが隠そうとしたってわかる。私も何となく察していた。もうステファニとは会えなくなるのかもしれない、って。



 彼女は知ってしまった。王宮が頑なに秘匿し続けてきた事実を。

 第三王子が魔法を使える――つまり、彼はこの国を滅亡の危機に陥れた魔族の血を引くことを。



 リゲルに関しては本編で『出会ってすぐに王子も同じ秘密を持つと知る』という設定があるため、早い段階で打ち明けたとしても問題はなかった。


 ステファニも、ゲームではイリオスが魔法を使えることを知る。けれど彼女は、リゲルとは違う。

 というのも――ステファニの魔法に対する認識は、我々とも一般人とも根本的に異なるのだ。


 それは王国軍に拾われるより前の、彼女の過去に起因する。ステファニは己の生まれについて一切語らない。何故なら、その記憶をほとんど失っているからだ。それでも彼女の中には、魔法への歪んだ感情が強く残っている。


 これは記憶をなくしても、本能に刻み込まれているせいだ――――それを現段階で知っているのは、ゲームをプレイした私とイリオスだけ。そして魔法に関連するステファニ・リリオンの出自が、後に大きな悲劇を生み出すことも。


 今頃お城では、ステファニを交えて話し合いがされているんだろう。話し合いという穏やかなものであればまだいい。一方的に処罰を申し渡されている可能性もある。彼女には第三王子の側近を務めた実績があるから、何かしらの恩赦があるはずだ。


 けれども私が恐れているのは、そこじゃない。どのような処分が下されるか以上に、彼女の心が心配だった。



 出会ってからこれまでの、様々なステファニの姿がぐるぐる頭を巡る。


 彼女を『悲惨な運命』から救いたいと思っていた。なのに世界は、その回避すら許してくれないというの? ステファニも私も、破滅の道を行くしかないの?


 ベッドに入っても思考は止まらず、どんどん悪い方向へと落ちていくままに眠ったせいで、私は質の悪い悪夢を何度も見ては飛び起きるということを繰り返した。


 いや、悪夢じゃない。まるで寝た気にならない無駄な睡眠時間の大半を占めていたのは、この先に待ち受けているであろう未来――――ゲームで幾度となく見た、ステファニの哀れな末路だった。

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