腐令嬢、もらい泣く


「これからお二人をお宅に送らせていただきます。それからすぐに自首しようと思うのですが……」



 そこでイチニはデスリベの前で床に膝を付き、再び土下座して叫んだ。



「全部俺が悪いんです! こいつらは本当は嫌だったのに、俺に逆らえなくて無理して手伝ってただけなんです! だから後生です、どうか弟二人のことは見逃してください!」


「イチ兄、何を言ってるんだ!? 一人で罪を被るつもりか!?」



 サンシが慌てて駆け寄り、イチニに取り縋る。



「黙ってろ! お前達は関係ないんだ! 俺一人でやったことなんだ!」


「バカを言うな! 確かに計画したのはイチ兄だけど、俺達だって賛成して加担したんだ! イチ兄にだけ罪を着せて、逃げるわけにいかない!」


「俺はお前達の兄貴なんだ! 兄貴として、お前達を守りたいんだ! 兄貴としてできることをしたいんだよ! だからお前達は、今度こそ幸せになってくれ!」


「こんな時ばっかり兄貴面すんなよ! 何で今更そんなこと……」



 サンシに激しく揺さぶられていたイチニだったが、その体がいきなり吹っ飛んだ。割り入ってきた、ゴロクのパンチが顔面にヒットしたせいで。



「そ、そんなこと、俺も許さないぞ……!」



 兄を殴った拳を握り締め、ゴロクが震えながら言う。



「幸せになるって何だよ!? 俺の幸せは、兄ちゃん達と一緒にいることなんだ! イチニ兄ちゃんがいなくちゃ、幸せになんてなれない!」


「ゴロク……」



 左頬を押さえたイチニと、彼を抱き起こしたサンシが声を揃えて末の弟の名を漏らす。



「逃げるなんて嫌だよ! イチニ兄ちゃんと一緒がいいよ! レイ兄ちゃんみたいに、置いてかないでくれよぉぉぉ……」



 叫びが嗚咽に変わると、二人の兄は弟に駆け寄り、一番年下のはずなのに三人の中で最も大きな体を両脇から包み込むように抱き締めた。



「ゴロク、兄ちゃんが悪かった。謝るから泣くな、な? 俺達三人はずっと一緒だ。約束する」


「ゴロクがイチ兄を殴るなんて、初めてだな。お前は兄ちゃん達がいなきゃ何にもできない甘ったれだけど……レイ兄の言いつけ通り、自分で考えて行動できるようになった。立派だったぞ」


「うえええええん…………イチニ兄ちゃぁぁん、サンシ兄ちゃぁぁん……!」



 一個の塊みたいになって抱き合う三人の姿に、私も思わずもらい泣きしてしまった。背中越しだけどデスリベも同じらしく、ヒックヒックと可愛らしい嗚咽が聞こえてくる。


 もう、三人を罰しようとは思わなかった。彼らが出頭しても、貴族側から被害の訴えが出ていないのなら、大した罪には問われないだろう。危害を加えられた子はいないようだし、お金を返して心を入れ替えて、また一からやり直せばいい。


 今度こそ、家族で幸せになるために。場所なんか関係ない。三人で一緒にいられることこそが、最高の幸せなのだと知っただろうから。



 と、しんみりほっこりできたのは束の間だった。



「クラティラス様!」



 凄まじい勢いで扉を開く音に続き、聞き慣れた声が耳を刺す。


 まさかと思ったけれど、暗闇から弾丸のような早さでこちらに向かってきた人物はやはり私のよく知る者で。



「ス、ステファニ……!? どうしてここが」


「クラティラス様、よくぞご無事で……デスリベもご一緒だったのですね」



 声を絞り出して問いかけた私を、ステファニが飛び付く勢いで抱き締める。それから彼女は辺りを見渡し、琥珀色の目を軽く瞠った。



「お前達…………何ということを」



 低く呪詛のような呟きを漏らすと、ステファニはきっと三兄弟に向き直った。



「自分達が何をしたのか、わかっていますか? いえ、理解できるほどの知能があれば、このような恐ろしい真似はしなかったでしょう。四爵子息、一爵令嬢、さらにはアステリア王国第三王子殿下を誘拐するとは……まさに愚の極み、更生の余地なしと判断しました。お前達には死をもって償ってもらうしかありません。死ね死ね死ね死ね殺す殺す殺す殺す滅ぼす滅ぼす滅ぼす滅ぼす……」



 恐ろしい言葉の羅列が低く吐き出されるにつれ、凄まじい殺気がステファニの身を飲み込んでいく。


 これはヤバい! マジで死人が出るやつだ!!



「ま、待って、ステファニ!? 何でイリオスが出てくるの!? イリオスなんてここにはいないわよ!? そ、それにこの三人はその……ゆ、誘拐なんてしてないわ!?」



 刃物のように鋭利な殺意の波動に細切れにされそうになりながらも、私は必死に彼女にしがみつき、説得を試みた。



「そ、そうですよ! ここにいるのはボク達二人だけもす! イリオス様はお見かけしてません! それだけは本当の本当で候! 信じてつかぁさい!!」



 尋常ならざる状況に焦るあまり、デスリベも素のロイオンに行ったり来たりにしながら懸命に訴える。しかし私のように狂戦士化したステファニに近付くことはできなかったらしい。腰を抜かした状態での助勢である。


 もちろん、殺戮対象の三人組はとっくに床にへたり込んでいた。



ァーーーーッ!!!!」



 ステファニの咆哮に等しい一喝に、私の腰も抜けた。が、ステファニに抱き着いていた腕は辛うじて脱力しなかったおかげで、皆のように床とケツがキッスすることは免れた。脱力しなかったんじゃなくて、恐怖のあまり凍りついてしまっただけだけれども。



「だったら! この気配は! 何だと言うのです!?」



 そう吐き捨てると、ステファニは私ごと走った。向かった先は、私達が閉じ込められていた部屋だ。


 開きっ放しになっていた扉から飛び込むや、ステファニの殺気が急速に引いた。私も今度こそ全身の力が失せ、ステファニから滑り落ちた。



 そこで繰り広げられていたのは――――ブランケットの一人浮遊演舞だった。



 ぺたん、とステファニが私の隣にお尻から崩れ落ちる。それから彼女は、鍛え抜いた腹筋を最大限に稼働して叫んだ。



「オオオオオオ! バアアアアア! ケケケケッケケッケッケケケケッケッケーーーー!!!!」



 とんでもない声量で吠えやがるんだから、真横にいた私は堪ったもんじゃない。耳がキーンとするどころか、頭までグワーンと揺れたわ!



「え? この声、ステファニ……?」



 ここでやっとイリオスもステファニの存在に気付いてくれた。が、時既に遅し。



「イリオス……殿下!?」



 慌てて透明化の魔法を解いて元の姿に戻ったイリオスだったが、彼の声を捉えたステファニが正気に戻る方が早かった。



「ステファニ……どうして」


「イリオス殿下こそ……どうして」



 同じ台詞を呟くと、二人は見つめ合ったまま無言となった。お互い、その先を問い質すことができなかったのだろう。私も何も言えなかった。


 誰にも漏らしてはならない禁忌中の禁忌――――魔法が忌避されるこの国の第三王子が魔法を使えるという、大きな秘密がバレてしまったのだから。



「は、話は後にしましょう。ええとクラティラスさん、あの……合図がなかったのでずっとここにいましたけど、ステファニがここにいるということは解決した、と受け取っていいんですかね?」


「合図……?」



 イリオスに尋ねられ、私は思い出した。


 そ、そうだった! ブラケットを被って踊っていたら外の音が聞こえにくいから、部屋を出る時には突っついて合図してくれって言われてたんだったーー!!



 え?

 てことは、あのニワトリぐるみを動かしていたのは……?


 ままままままさか、本物の…………。



「ぎゃおおおおおお! オバッオババババ! オーバーケーーーー!!!!」



 何が起こっていたのかを理解すると、ステファニを超えるほどの大音量で私は絶叫した。


 自分の声で気を失いそうなるなんて経験は、後にも先にもない……と信じたい。

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