腐令嬢、面食らう


「クラティラスさん、大丈夫!? しっかりして!」



 ロイオンが抱き起こし、背中を擦ってくれる。


 聞こえるのは私を介抱する優しい彼の声だけで、世界に二人だけ取り残されたような不思議な感覚に包まれながら私は懸命に呼吸を整えた。


 てっきり首を絞められたせいで五感がおかしくなったのかと思っていたけれど、どうも違うらしい。落ち着いても、三兄弟の声は聞こえない。


 そういえばイチニはどうしたのだろうと、やっと辺りを見渡すと、少し離れたところで正座して俯いている彼の姿が捉えられた。サンシとゴロクも彼の隣に並び、同じポーズで固まっている。


 もしやと思い目を向けてみれば、彼らの前にニワトリぐるみが浮かんでいた。これまでのようにびゅんびゅん動いておらず、三人を見下ろす形で静止している。しかも何故か内側から発光するように光り輝きながら。



「レイさんが助けてくれたがすよ。あのニワトリさんでアタックして、イチニさんを吹っ飛ばして我に返らせたんず」



 私がもう大丈夫そうだと安心したようで、ロイオンもデスリベに戻り、状況を説明してくれた。


 その声で気付いたのか、シャイニングニワトリぐるみがぐりんとこちらを向いた。



『ああ、無事で良かった。ほらお前ら、あの子に謝りなさい』



 甲高いながら凛と通る声に促されると、三人は即座に膝の向きをこちらに変え、頭を床にぺたりと付けてひれ伏した。



「本当にすみませんでしたあ!!」


「あっ……いえ、お構いなく……」



 声を揃えて詫びを入れられたものの、無駄に神々しく見えるブリリアントでファビュラスなニワトリぐるみに面食らって、引き攣り笑いで微妙な返答をするしかできなかったよ。


 ひええ、魔法って本当に何でもできるんだな……まさか声音まで変えられるとは!


 だがしかしところがけれども、イリオスのすごさはこんなもんじゃなかった。



『イチニ、自分が何をしたかわかってる? 取り返しのつかないことになるところだったんだよ? お前は昔からそうだったよね。頭に血が上ると暴力で解決しようとする……そういうの、良くないっていつも言ってたのに』


「ご、ごめんなさい……」



 しょんぼりと殊勝に謝るイチニは、外見こそオッサンのまんまだったがまるで少年のように見えた。



『サンシ』


「は、はいっ!」



 次に声をかけられたサンシは、威勢良く生真面目に返事をした。



『お前は皆の中で一番のしっかり者だったよね? なのにどうして、誘拐なんてひどいことしようとするイチニを止めなかったの? お前がいるなら、僕がいなくても安心だと思っていたのに……』



 レイの語尾に、私にも感じ取れるほどの深い悲しみが滲む。



「ごめんなさい、ごめんなさい……レイ兄、ごめんなさ……」



 叱られる以上に効いたんだろう、サンシは詫びながらまた泣き崩れてしまった。



『ゴロクは…………うーん、特に言うことはないかな』


「ええ!? レイ兄ちゃん、そりゃないよおおお!」



 ゴロクが情けない叫びを上げる。


 するとニワトリぐるみは笑うように揺れ、それから幼子をあやすみたいな優しい口調で告げた。



『ゴロクは大きくなっても変わらないね。小さい時からお兄ちゃん達と一緒じゃなきゃイヤだって、イチニとサンシの真似をしたがってた。だけどね、真似っこばかりじゃダメだ。自分で考えて行動しなきゃ。お前にはお前だけの良さがあるんだからね?』



 レイの言葉を理解したのかしてないのか、ゴロクはモヒカンをフリフリしながら嬉しそうに頷いた。



 ねえ…………イリオスってばすごすぎない? 今の説教、まるでこの三人のことを前から知ってたかのような感じだったよね?


 まさか魔法で心を読んだ、とか?


 うっわ、やっべ! もうすぐ成人だから皆にもエロ解禁できると思って、最近は結構えげつないBL妄想してたんだよな……あれを読まれたらさすがに気まずいわ。学校ではちょっと控えとこ。


 そんな小さな決意をしていると、ニワトリぐるみはイチニの目の前に舞い降りた。そしてその胸元を、体の両サイドに取り付けられた小さな羽で探る。


 取り出されたのは、私の髪飾り。


 ふよふよとこちらにやって来たニワトリぐるみは、黙って事の成り行きを見守っていたデスリベの頭に髪飾りを留めると、いきなり力を失ったかのように落下した。


 慌ててスライディングしてきたイチニが、床に落ちる寸でのところでニワトリぐるみを受け止める。



『二人共、僕の弟達が迷惑をかけて本当にごめんね……』



 上空から声がして振り仰げば、淡い光を纏った半透明の少年の姿がある。



『イチニ、サンシ、ゴロク。もうこんなこと、しちゃダメだよ。僕はずっと見守っているからね。大好きな弟達のことを……』



 それから少年は笑顔のまま、溶けるように消えてしまった。


 再び光源がランタンのみになったせいで慣れない目を凝らして見れば、もう動かないニワトリぐるみを抱いてむせび泣くイチニにサンシとゴロクが寄り添う姿が映る。これで奴らも間違いなく改心したはずだ。



 ブラッボォォォォーーーー!!!!



 と叫びたいのを堪え、私はデスリベと微笑み合った。


 いやはや、ギャフンとは言わせられなかったし、計画とは全然違う状況になったけど……イリオスの魔法、まじパネェ! 声音だけじゃなくて姿形まで変えられるとは恐れ入った!


 それとあの演技力よ……マジでもう舞台役者レベルだったね! こんなに奴のことを尊敬したのは、前世で超レア物の百合グッズの数々を初めて見せてもらった時以来かも!!



 ようやく気持ちが落ち着いたらしく、イチニが立ち上がる。弟二人を伴い彼がこちらに向かってくると、デスリベは急に真顔になり、私を守るように前に進み出た。私はともかく、デスリベの警戒心はまだ解けてはいないようだ。


 にしてもこういうことをナチュラルにできちゃうって、本当に素敵だわ。ロイニャンとのギャップがまた堪らん!



「あの……レヴァンタ、様。この度は大変すみませんでした!」



 イチニが謝罪の言葉と共に深々と頭を下げる。サンシとゴロクもそれに続き、我々に謝罪を述べた。

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