腐令嬢、デンジャラす


 イチニが呟いたレイとは、霊のことを指すのであってレイじゃないはずだ。


 なのに何てことしてくれんだ!? やるなと言われることほどやっちゃうリアクション芸人気質なのか!?


 そそそそそれより、どどどどどうしよう!? レイが取っ捕まったら、それこそ一大事だ。


 レイの正体がイリオスだとバレれば、『第三王子の秘密保持』のためにデスリベまで投獄からの処刑ルートに…………なんてこともあるわけで!!


 焦り狂う私の目の前で、イチニが側にいたデスリベに掴み掛かる。ヤバイヤバイヤバイ! 大ピンチだーー!!



「お……お前っ、『レイ』のことを知っているのか!?」



 しかしデスリベときたらこちらも状況を把握できていないらしく、イチニの必死の問いかけにきょとんとした天然ちゃん丸出しの顔で答えた。



「知ってるというか、さっきお友達になったばかりだすお。あなた方にも見えるのですよな? 皆様もボクと同じで感受性がとても豊かなのでごわすのう」



 そういう問題じゃねええええええ!!!!


 ついに叫びかけた私だったが、続いて放たれたイチニのやけに穏やかな声がそれを押し留めた。



「…………信じられない、本当にまた会えるなんて」



 はっとして見上げれば、声音と同じ、いやそれ以上にイチニの表情は優しく和らいでいた。


 また? またって言うからには、前に会ってること前提だよね?


 まさか、忍び込んだイリオスの存在に気付いてた? 名前を知ってるってことは、私達の会話も聞かれてたの? で、姿は見えないけれどレイ(イリオス)に一目惚れならぬ一勘付き惚れしてしまった? だから束の間の出会いでは自己紹介することも叶わなくて、こんなにも熱く再会を喜んでると? さらには向こうからアピッてくれてるように見えて、よしここに教会を建てよう状態に突入してるとでもいうの!?


 オバケは怖いが、BLカップリングできるとなれば話は別だ。幽体化した王子に、オバケが苦手なのに恋した犯罪者というとても美味しいカプに萌え始めた私だったが、残念ながらすぐに妄想爆走機関車はブレーキをかけられた。



「『レイ』兄ちゃん、俺だよ! ゴロクだよ! でっかくなったからわかんないかな? でも俺はレイ兄ちゃんがいなくなっても、カタタトトキも忘れたことはないぞ!」



 ゴロクが涙を流し言葉を噛みながらも、縋るように必死にニワトリぐるみへと手を伸ばす。



「『レイ』兄は、本当にそのぬいぐるみが大好きだったよな。いつか一緒に空を飛ぶんだっていつも言ってたっけ……夢を……叶えたんだな…………っ!」



 サンシに至っては、激しく嗚咽を漏らして男泣きを始めた。



 んん?

 でっかくないゴロクを知ってて、あのブッサイクなニワトリぐるみが好きで、こいつらの兄貴分?


 ええっと……どうやら彼らにとっての『レイ』はイリオスとは違う人っぽいな? そんであのニワトリぐるみを動かしてるイリオスを、その別人と勘違いしてるっぽいな?



「あのぉ……あなた方、レイさんとはどのような関係なの?」



 恐る恐る私が問うと、イチニは夢見るような眼差しのまま答えてくれた。



「レイは俺の……俺達の兄貴だったんだ。だけどゴロクを産んですぐに亡くなった母さんと同じで、生まれつき病弱で、ほとんど寝たきりのまま十歳になる前に……」



 皆まで聞かずとも、過去形で語られることからそのレイという名の彼らの兄がどうなったかは察しがついた。



「ここは昔、俺らの祖父が経営する伝書鳥専用の育成施設だったんだ」



 しかし伝書鳥の需要は元々それほど多くなく、家族がやっと生活できるくらいだったという。さらに家業を継いだイチニ達の父親は人を疑うことを知らないタイプで、レイが亡くなった後にその人の良さを利用されて多額の借金を背負い、この倉庫を奪われた。


 そしてここで鳥達と寝食を共にしていた彼ら家族は、路頭に迷うことになった――――のだが。



「だけど親父は諦めなかった。ここを取り戻そうと、何度も何度も自警団に掛け合ったんだ」


「『ここにはレイがいる! 寂しがっているから戻らなくてはならない!』って、時には無理矢理侵入して立てこもりまでして……」



 ゴロクとサンシから明かされた過去に、繋がる記憶があった。



 そうだ、部活の皆で怪談話をしていた時にそんな事件や噂があると聞いた。


 確か『ホームレスの男が不法侵入して幽霊を見たと訴えた』みたいな話だったけれど――『ホームレスの男が家族の場所を取り返そうとした』というのが真相だったんだ。



 彼らの父親も、もういない。ここを取り戻すにはお金を稼ぐしかないと必死に働いた末、工場の転落事故で呆気なく亡くなったそうだ。


 それも加わってあらぬ噂が立ち、この建物は曰く付きとして有名になって、買い手も借り手もつかず放置されるのみとなった。彼らは所有者である貴族を突き止め、これまで父親が稼いだお金を手にその人物の元へ譲渡の交渉に行ったという。


 しかし、貴族の男は彼らに吐き捨てるように言った。



『お前達の父親はバカだ。あのような立地ならもっと稼げる商売があるはずなのに、伝書鳥などと流行らぬものに拘りよって。だから自分が有効活用してやろうと、手に入れてやったのだ。なのにバカが騒ぎを起こしてくれたせいで価値が落ちてしまった。この金は、そのバカがやらかした慰謝料として受け取ってやる。あの土地が欲しければ、私が倍額を持ってくるんだな』



「ひどい……」



 思わず、震え声が漏れた。



「そいつがあなた達のお父様を追い詰めたんじゃない! なのに反省もせず、挙げ句に……」


「そうさ、俺達の親父をバカにした最低の奴だ! だからあいつと同じ貴族に大切なものを奪う苦しみを与えて、ついでに金も毟り取ってやろうと思ったんだ!」



 私の胸倉を掴み、イチニが怒鳴る。けれどその怒声はこれまでと違って、自身を切り裂くような悲痛さがあった。



「お前らだって同じだろ!? 何の苦労もせず、ぬくぬく育ちやがって! 俺ら庶民を見下して、搾取して、それで贅沢な暮らししてんだろうが!」


「見下してなんかいない! 私は……」


「うるせえ! お前ら貴族なんかみんな消えちまえばいい!」



 反論しようにも、声が出せなくなった。激昂したイチニに、首を絞められたせいで。



「や、やめてください! イチニさん、手を離して! 本当に死んじゃいます!」


「イチニ兄ちゃん、何してるんだ!? 子どもには罪はないって言ってたじゃないか!」


「そうだよ、イチ兄! この子達は何も悪いことをしていない! むしろ俺達に怖い思いをさせられた被害者なんだぞ!?」



 デスリベから素に戻ったロイオン、早くも泣き声になっているゴロク、必死になりすぎて声が裏返ったサンシが口々に説得する。しかし、私の首に込められた力はちっとも緩まない。


 キレたら何をしでかすかわからない奴だと思ってはいたけど、これはさすがにヤバいマズいデンジャラい。ああ、だんだん気が遠くなっていく……。



『イチニ、やめるんだ!』



 不意に落ちたその声は、失いかけた意識に何故か強く響いた。


 続いて喉を圧迫していた力が消え、やや遅れて全身に衝撃が走る。状況を把握するだとか逃げるだとか、そんなことは何一つとして考えられず、私は空気を求めて激しく咳き込んだ。

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