腐令嬢、崩れ落つ


「ワー! ウワーウワーウワー!!」

「キャー! キャーキャーキャー!!」



 私とデスリベの悲鳴を聞きつけ、真っ先に部屋に飛び込んできたのはゴロクだった。



「何だ何だ!? どうし……」

「あれを見るよろしー!」

「そそそそうだそうだー、見るよろしー!」



 ゴロクの言葉を遮り、私がマットレスの方を指差すとデスリベも続いて叫んで同じポーズを取る。


 くそ……デスリベの奴、私以上にひどい大根役者じゃねーか。二人揃って、頑張りが空回りしてる感がパネェぞ。生理を恥じらう乙女のフリは完璧だったのに、これじゃバレちゃうかも……。



「お? おうわああああ!!」



 だが、私の不安は杞憂に終わった。マットレスの上でふわふわ揺蕩たゆたうブランケットを見るや、ゴロクが顔色を変えて咆哮する。


 一番鈍感そうな奴だから手品みたいだと逆に喜ぶんじゃないかとも思ったが、まずは大成功だ!



「サンシ兄ちゃん! たたた大変だぁぁぁぁぁ!!」



 転がるようにゴロクが扉から飛び出していく。



「えー、やだー、待っておくれやすー!」


「そうどすそうどすー、置いていかないでおくれやすー!」



 棒読みの泣き言を漏らしながら、我々も後を追った。私とデスリベだけじゃなく、ブランケットも付いてきているはずだ。



「ゴロク、大声出すなよ……頭に響く……ってコラ、何やってんだ!? ガキ共まで連れてきて!」



 頭を抱えて木箱に腰掛けていたサンシが立ち上がる。



「サンシ兄ちゃん、ついに現れたんだ!!」



 そこへ、ゴロクが容赦ない大声を上げて掴み掛かかる。するとサンシは、尻から床にへたり込んでしまった。


 大量の飲酒で、足元が覚束なくなっていたからではない。彼の見開いた目は、真っ直ぐに倉庫の高い天井に注がれていた。


 倉庫はそこそこの広さがあるけれど、灯りは床に置いた粗末なランタン一つのみだ。そのため、私達が閉じ込められていた部屋以上に暗い。電気は通っているはずだから、外に光が漏れ出てバレることを恐れて敢えてこちらでは照明を使っていないのだろう。



「嘘だろ……そんな、まさか」



 ランタンを持ち上げて目標物を確認したサンシが、呻くように漏らす。



 心許ない視界の中で舞い踊っていたのは、私達が閉じ込められていた部屋にあったニワトリぐるみ。


 不細工な間抜け面ではあるが、激しく躍動する様はやたらハイレベルなヲタ芸を彷彿とさせ、ギャップ萌えならぬギャップキモさがあった。


 呆然と立ち尽くすサンシに、ゴロクが縋り付く。サンシの掲げたランタンが照らし出す彼の顔は、涙でビッチャビチャに濡れていた。



 そりゃ泣きたくもなるよな……正体を知ってる私ですら、軽く腰抜けそうになったもん。


 打ち合わせではブランケット姿でやる予定だったのに、私達にも教えずわざわざあんなもんを使ってビビらせてきやがるとは、さすがイリオス……じゃなくてレイ! 性格の悪さが活きてるね!


 ニワトリぐるみに取り憑いたと見せかけてこのオバケショーを演出しているのは、言うまでもなく透明化したイリオスだ。


 そう、これが私の作戦。


 こんなアホな手が通用するわけないと渋ったイリオスとデスリベよ、どうだ? 私が思った通り、効果てきめんだろーが!



「何だ、うるせえな! すやすやねんねしてるきゃわわな鳥タソ達がおっきしたらどうすんだ!」



 もう聞き慣れ始めつつある荒い怒声が響くと、私はひっそりと口角を上げた。


 おうおう、すやすやねんねにきゃわわでおっきときたか。イリオスの言っていた通り、鳥タソ達を可愛がっていらっしゃるのねー。


 だがな、イチニさんよ…………本物のレヴァンタ一爵令嬢には、その優しさの欠片も塵も芥もくれなかったわよねぇぇぇ? おまけに男と間違えくさりよってからに! 本物のステファニは許しても、私は絶対に許さねーかんな!?


 何を隠そう、私がこの作戦ならいけると踏んだのはイチニのおかげなのである。


 だって霊がいるんじゃないかと聞いた時のあいつの反応、明らかにおかしかったもん。それで思ったの…………あいつも私と同じで、『オバケが怖い』んじゃないかって!


 残る二人に関しては、怖がろうが怖がらなかろうがどっちでも良かった。兄弟を仕切ってるイチニが無様な姿を晒し、動揺し、狼狽え、狂乱すれば弟二人もドン引きしてくれるだろう。それで私の気は済む。話を聞いた感じだと、お兄ちゃんの権力が一番強いっぽいからね。


 さあ、泣け泣け! 泣き喚け!

 誘拐なんて愚かな行為に手を染めて貴族の親達を泣かせてきたことを、心から反省するがいい!!


 ふわぁんふわぁんと、ニワトリぐるみは激しく躍動していた。時に天井を突き抜けそうなほど高く、時に我々にぶつかりそうなほど近付いたりを繰り返し、アクロバティックに跳ね回っている。


 サンシが掲げるランタンの光を頼りに、イチニは凍り付いたようにそれをただ見つめていた。その表情は全く動かない。完全なる無だ。


 立ったまま気絶したのかと思い、ならばつついて確かめてみようと私が手を伸ばした瞬間、イチニは思い出したようにやっとくちびるを震わせて音声を発した。



「レ、イ…………?」



 遅ればせながら、ようやく現状を飲み込めたらしい。


 そうだよ、霊だよ! 幽霊以外にこんなことできるかよ! とツッコミを入れようと口を開きかけた瞬間、これまたデスリベが私を邪魔するように先に言葉を吐いた。



「えっ!? あなた、レイさんが見えるんすかいや!?」



 衝撃のあまり、私は膝から床にヘナヘナと崩れ落ちた。



 …………バカーーーー!!!!


 何でバラしちゃうの!? 計画が台無しじゃん!!

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