腐令嬢、ときめかず
「いいいいちいち驚かすんじゃねーよ! 心臓に悪いことすんのやめてくれる!? ここ、実は有名な心霊スポットなんだからね!?」
「へー、そーなんですかー。僕はオバケなんか全く信じてないんで、一緒にスリルを味わえないんですよー。
やっと姿を現したかと思ったら、見せたのは嫌味ったらしくせせら笑う顔ときた。本当に腹の立つ野郎だ。
「とにかくオバケの話はやめよう。それより……」
「はい、奴らの目的を探ってきました。ついでに転移魔法で城に行って、自室に居留守の仕掛けを施しておきましたぞ。こんなに長丁場になる予定じゃなかったんで」
それはとても大事なことである。早退はカモフラージュできたけれど、城にイリオスの姿がなければ騒ぎになることら必至。しかも同日に、婚約者も消えているんだ。下手すると、一緒に失踪したロイオンが我々に何かやらかしたんじゃないかと疑われて、ルタンシア家に迷惑をかけることになるかもしれない。
一応、どんな居留守技を使ったのか聞いてみたら、『声に反応して返事する魔法を施した紙をドアに貼ってきた』とのこと。何かそんな昔話あったよな……小僧が便所に御札貼ってヤベー鬼婆から逃げるやつ。
「奴らはやはり、金目当てであなた達を誘拐したようです。身代金の要求と受け渡しに使う手口もわかりました」
私が問うより早く、イリオスは本題に移ってくれた。
デスリベに一芝居打ってもらったのは、探索のために外に出たレイ(イリオス)を再びここに戻すためだ。なので奴らに扉を開けさせるだけで良かったんだけど、デスリベは『レイだけでは心許ない、一爵令嬢と間違われてる自分なら彼らをもっと油断させられるかもしれない』と言って聞かず、仕方ないので望むままに行かせたという次第である。
「その手口というのが、ビックリするほど原始的で」
彼から聞いて、私も口が開きっぱなしになってしまった。
何と奴ら、鳥を使って身代金のやり取りをしようとしてるんだと!
この国でも、過去には躾けた鳥に小さな荷物を配達させる通信文化はあったらしい。今は廃れてしまったけれど、昔はヴォリダ帝国に手紙を送りたい時、北の森を横切るルートを鳥に教え込んで配達させていたとか。でもほとんど成功した試しはなかったみたい。
「倉庫内に彼らが飼育している鳥達がいたんですが、素人の僕の目から見てもしっかりと手懐けている様子でした。もしかしたらあの三人は、鳥を扱う仕事に携わっていたのかもしれませんなー」
そういえば、デスリベも似たようなことを言っていた気がする。彼が感じていたのは、その鳥達の匂いだったのか。
「鳥達については、魔法で何とかできそうなので大丈夫なんですけど……それにしたって身代金の要求金額がねぇ」
イリオスが渋い表情で言い淀む。
「や、やっぱりとんでもない金額なの? お父様でも無理なくらい……?」
恐る恐る、私は尋ねてみた。
今朝も焼き魚の骨が喉に刺さったと半泣きで悶え転がるという間抜けな姿を披露してくれたお父様だけれど、外では辣腕を振るう外務卿のレヴァンタ一爵閣下として名を馳せている。しかも、拐ったその娘は第三王子の婚約者。となれば、要求される身代金もかなりの多額だと予想される。
固唾を呑んで返答を待つ私に、イリオスは溜息と共に低く言葉を吐いた。
「十万ゴールズです」
…………ん?
確かにとんでもなく微妙な数字が聞こえた気がしたけど……?
「ごめん、よく聞こえなかった。十億万ゴールズ?」
「いえ、十万ゴールズです。日本円でおよそ十万円くらいと言った方がわかりやすいですかね」
問い返すも、私の聞き間違いじゃなかった。イリオスったら親切に、日本円に換算してくれたわ。やっさしー!
…………って喜べるか! この世界の金銭の価値くらい、私だってとっくに理解してますよ!!
「ふざけんな、バカ野郎! 十万だあ? ショボい金額提示してんじゃねーわ、クソゴミオタイガー! こちとら腐っちゃいるが、今をときめくレヴァンタ一爵令嬢だぞ!? 注意書きタグなしで、女体化と見せかけていざ致す時になったら両方棒が生えてるっていう、イリ✕エミ✕イリのふたなりリバ百合BLを劇画タッチで貴様の全身に彫り込んでやろうか、ああん!?」
早速有言実行されると思ったのか、ジャージを掴もうとした私をひらりと躱し、距離を取った上でイリオスは冷ややかに告げた。
「僕に八つ当たりしても仕方ないでしょう。でもこれで彼らは犯行を繰り返していたのに、何故誰も被害を訴えなかったのかという理由がわかりましたよね?」
貴族の子息令嬢を誘拐したにも関わらず、彼らが要求する金額はあまりにも低い。ならば表沙汰にせず、とっとと金を渡せば事は済む。加えて『自分の子どもがそんな安値で取引されたなんて知れたら外聞が悪い』という貴族ならではのプライドが口を噤ませたということか。
計算してやってるとしたら、ある意味すごいわ。アホほど効率は悪いけど。
でも何だろう……落ち着いたら、さらに腹が立ってきた。
お父様とお母様は、今頃死ぬほど心配しているだろう。ロイオンの両親だって同じだ。自分達の手で私達の大切な家族を不安のどん底に叩き落としておいて、奴らは十万円でなかったことにしようとしている。
金額の問題でもなければ、貴族のプライドの問題でもない。貴族だろうが庶民だろうが、子を思う親の気持ちは同じだ。それを安値で踏み躙りやがって……むしろてめえら、十億万ゴールズ払ってでも詫び倒せと言いたい。
作戦ではこの後デスリベが戻ってき次第、イリオスが魔法で扉を破壊して三人を捕縛し、我々は逃げ出すという手筈だった。
イマジナリーフレンドのレイは『男体化した私、クラティオスのためならどんなこともできる圧倒的つよつよ受け』という設定だとデスリベには話してある。実在するイリオスが魔法をぶっ放せば問題アリアリだが、妄想の存在なら愛しの攻めを救うためにBLラ
だけど――――ただ捕まえるだけじゃ、私の腹の虫が収まらない!
「手口はわかったことですし、あとはデスリベが戻ってくるのを待って作戦通りに……」
「待ちな」
低い声で、私はイリオスの言葉を遮った。
「んなもんじゃ生ぬるい。あいつらまとめて、ギャフンと言わせてやる……!」
「ええ……? 何をするつもりなんです? どんな状況になろうと、ギャフンと言う人なんて滅多にいないと思いますぞ?」
私を見て、イリオスが軽く仰け反りつつほんのり口元を緩ませる。今の私が、悪役令嬢クラティラス・レヴァンタらしい極悪な表情をしていたせいだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。ついでにギャフンに関する屁理屈もスルーだ。
「あいつら、お貴族様にならなめた真似しくさっても平気だと思ってんだろ……? だったらお貴族様の恐ろしさを、とくと味あわせてやんよ……!」
カパーと口を大きく上下左右に開いて笑ってみせると、さすがにイリオスも萌えるどころではなくなったらしく、悪役令嬢を超えて凶悪令嬢と化した私から逃げるようにすぅっと透明化した。
デスリベはすぐに戻ってきた。
しかしやけに暗い顔をしていたので、あの三人に何かされたのかと心配で聞いてみたら。
「ごめん、クラティラスさん……必死でお願いしたんだけど、どうしても渡してもらえなかった」
何と私の髪飾りを返してくれと、彼らに直談判したのだという。あんなにも部屋から出るんだとムキになったのは、髪飾りをこっそり探そうとしたためだったんですって!
ヤッバ……すごいキュンときた。私が大切にしてる髪飾りのことを、こんなにも思ってくれていたなんて。もしかしてロイオン、私のことを……。
「あ、それなら僕が見つけましたYO。イチニとかいう奴が胸ポケットにしまってるようですYO。でも取り返すのは危険だと思ったんで、ここを出る時に僕が奪取しますYO」
なのにすかさずイリオス……じゃなくてレイが口を出してくれたせいで、盛り上がった私の気分は一気に垂直降下した。
おーおーおー、てめーも探してくださったんですかい。有り難いことなのに何でか喜べないけど、ありがとーなー。YOYO語も大分慣れてきましたねー、やっぱり血ですかねー。
あーあーあー、ロイオンが私に気があるかも……なんて考えた自分が恥ずかしいなー! そろそろ彼氏がほしいお年頃になっちゃったのかなー! 彼氏なんて前世でもいたことないからなー! イリオスの考えた『第三王子殿下の婚約者から脱却して死亡フラグぶち折るために、とっとといい男を探してモノにして攫ってもらおう計画』にはもう頼らないって決めたはずなのにねー!
自分って意外と恋愛脳なんじゃないか……? と思って凹みかけたけど、それよりもまずはあいつらのお仕置きが先だ。
ということで私は即席で思い付いたギャフン案を、レイ(イリオス)とデスリベに話した。
二人の反応はとてもイマイチだったけれど、私は確信している。これなら奴らも、間違いなくギャフンと言ってくれるだろうと。
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