腐令嬢、間違われる
「こんばんは、お二人様。六時になりましたので、夕飯を持ってきましたですよ」
窓がないのでわからなかったけれど、いつのまにかそんな時間になっていたらしい。
私は打ち合わせ通り、部屋に入ってきたゴロクをキッと睨んだ。
そこから彼の胸倉を掴んで難癖を付け、注意を引き付ける――という手はずだったのだが、しかしゴロクは私が行動するより先に、膝を付いて土下座した。
「すっ、すみませんでしたぁぁぁ! ままま、まさかあなた様がレヴァンタ一爵令嬢とは知らず、数々のご無礼……どうぞお許しくださぁぁぁい!!」
早くもあの髪飾りから身元を割り出されてしまったらしい。といっても、ゴロクが詫び倒してる先にいるのは、相変わらずデスリベである。
「どどどどうか、ご婚約者様の第三王子殿下には内密にしていただけませんかっ!? 必ずご無事にお帰しいたしますのでっ!」
その言葉に、私は小さく溜息を落とした。内密にするもクソも、もうとっくにバレてんだよなー。
「ステファニ様!」
すると私の心を読んだかのように、ゴロクがこちらに涙目を向けてきた。
「あなた様は第三王子殿下の元側近だったのでしょう!? 内緒にしておくのが無理でしたら、ステファニ様から殿下に口利きしてください! 我々は誓って、あなた様達に危害を加えるつもりはないんです!」
そして私は、ステファニと間違われているらしい。
うーん、身元を調べるなら、容姿の特徴くらい確認しないもんかな? じゃなきゃ攫ったのが本物のお嬢様かどうかわかんないじゃん。
それについて尋ねてみると、ゴロクは持ち運んできた折り畳みテーブルを広げて食事の支度をしながら答えてくれた。
「もちろん、ちゃんと調べましたよ。クラティラス様のお顔を確かめるために、聖アリス学園初等部の卒業アルバムを入手しました。いやー、女の子って短期間で随分と変わるものですね。あのアホ面……いえ、あどけない少女がこんなにも可愛らしくなるなんて。ヘアスタイルのせいもあるんですかね? 俺は今くらいの長さと髪色の方が似合ってると思います!」
話を振られたデスリベはハテナマークが見えるほど不思議そうな顔をしていたが、私にはその意味が嫌というほど理解できた。
うおおおおおおおおおお!!
勘違いが解けなかった原因は! あの顔面作画崩壊黒歴史アルバムのせいだったかーー!!!!
「ステファニ様は、卒業写真では俯き気味でお顔がよくわからなかったので、元士官学校にいたという男が経営する酒場でサンシ兄貴が聞き込みしてきたらしいんです。いやー、素晴らしい経歴の持ち主でいらっしゃいましたのですね!」
媚び媚びしながら猫撫で声でゴロクが話してくれた内容によると、その男曰く、
『あー……ありゃ可愛い顔してるが、中身は間違いなく男だ。まだ年端も行かねえガキの頃から成人してる猛者共を蹴落として主席取ってたんだぜ? 体力もさることながら、ひでえイジメを受けても平然としてやがったし、精神力も並じゃねえ。女なら泣いて逃げ出してるさ。第三王子殿下のお付きに抜擢されたのも、女と見せかけて相手を油断させるために違いない』
とのこと。
ステファニ……あんた、士官学校じゃ男だと思われてたみたいよ。何なら今も勘違い絶賛継続中っぽいよ。
とはいえ、ステファニはそんなこと全く気にしなさそうだけどね。むしろ『私で男体化妄想なされたということですね? 攻めですか受けですかリバですか、カプ相手からシチュエーションに至るまで詳しくお聞かせください』っつって士官学校でご一緒した皆々様に鼻息荒く迫りそうだけどね!
テーブルにはスープやらサラダやら、さらには紅茶まで用意された。そのためにゴロクは何度も出入りを繰り返していたから、扉は開けっ放し。しかし私とデスリベは、その隙をついて逃げようとはしなかった。
そう、私とデスリベは。
私達がうまく逃げおおせても、こいつらはまた別の誰かに同じことをする。ならばその連鎖を断ち切らねばならない。
先程の話し合いで、我々の意見はそれで一致した――のだけれど。
膨らみのなくなったブランケットをチラリと横目にし、彼らなりにもてなそうと努力したと思われる食事を味わいながら、私は膨らみのなくなったブランケットをチラリと横目に見た。イマイチナーフレンド、レイはうまく抜け出すことに成功したらしい。
本当にうまくいくかどうかは、イリオス……じゃなくてレイにかかっているのだ。
「すみません! すみませぇん! すみまっしぇぇぇん!!」
夕飯を終えて暫く経つと、外側から軽くノックが響いたのを合図に、デスリベが喚きながら扉を叩いた。
「何だよ、うるせえなぁ……。こちとら酒飲みすぎて頭痛ぇんだよ……」
ゴロクが来ると思っていたのに、現れたのは坊主頭の次男サンシだった。ひどく調子が悪そうなのは、ゴロクが教えてくれたように酒場に行って話を聞き出すためにしこたま飲んできたからだろう。
勝手なイメージだけど、軍人上がりの野郎ってものっすごい飲ませそうだよねぇ……ご苦労様ですわ。
「あのあの……お、おトイレ……なのどすが……」
「トイレぇ? そこの隅にあるだろが。それとも何か? お貴族様はあんな小汚え便所じゃ用を足せないってか?」
確かに、部屋の角には簡易なトイレがある。綺麗とは言えないけれど、前世でアイスを食べすぎて激しく催した時に脂汗かきつつ飛び込んだ寂れた公園の公衆トイレよりは遥かにマシなレベルだった。現に私とデスリベも、既に数回使用している。
「そ、そうではなしに……あ、アレが、は、始まってしまったみたいですのん」
頬を赤くし、デスリベが俯く。これは演技などではなく、本当に恥ずかしがっているに違いない。上擦る声も相まって、とことんまで愛くるしい。
ひょえぇ……可愛いオブ可愛いであります! これは女の子と間違われても仕方ないでありますぅぅぅ!
「始まった? 何が……あ、ああアレ!」
サンシはすぐにデスリベの言わんとすること――つまり『女の子のマンスリーブラッディフェスティバル』が開始したのだと察してくれた。アホ揃いの三兄弟の中では、一番しっかりしてそうなタイプだな。アホなゴロクを相手にするより話が早くて良かったかも。
「ええと、な、何で代用したらいいんだ? 布か何か……き、着替えもいるか? ああくそ、女のことは俺にはわからん! 一緒に来て、使えそうなものを探してくれ!」
こちらからお願いするまでもなく、サンシは激しく困惑しながらもデスリベを連れ出してくれた。アホなゴロクを相手にするより以下同文。
「……ふぅ、何とかバレずに戻ってこられましたぞ」
扉が閉じられると同時に、隣から声がして私は飛び上がった。
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