腐令嬢、涅槃仏る


「僕は驚かせるつもりなどなかったのですぞ? キング・オブ・ビビリが勝手に大騒ぎしただけですぞ? せっかく助けに来たというのにこんな目に遭わされて、僕の方こそ謝ってほしいくらいなのですぞ?」



 イリオスの野郎、詫びもせず、この態度である。


 しかし謝れ謝れと言い合ったって意味はない。とにかく今は、この状況を打破せねば。



 しかし、何故私とロイオンが囚われている場所がわかったのか?



「僕もあれから急いで後を追ったんです。クラティラスさんの髪飾りが気がかりで……ご両親にいただいた大切なものなんでしょう?」



 我々が目的の場所に着くまでには追いついたのだが、イリオス曰くロイオンと私が何だかいい雰囲気になっているように見えたので、離れたところからこっそりニラニラと様子を窺っていたんだと。王子が盗見とは、お下品でいらっしゃいますこと。


 それなら、イリオス狂愛のステファニも慌てて付いてきそうなものなのだけれど。



「それが……リゲルさんが『食事姿には性行為の傾向が表れる』とか訳のわからないことを言ったせいで、僕がパンを口にしたのを見た瞬間に気絶してしまって」



 と、イリオスはすさまじく嫌そうに教えてくれた。


 パンイリオスなんざ私よりも見てきただろうに、今更何を悟られたのやら……是非ともねちっこく詳細にお尋ねしたいわね!


 我々が捕らえられたのを目撃したイリオスは慌てて追尾魔法――簡単に説明すると魔法で作った目には見えない糸みたいなものを飛ばし馬車に付着させて、ここを特定したんだって。


 また、制服を奪われた護衛達は怪我もなく無事だそうな。というのも、誘拐犯達は近所の農民を装って睡眠薬入りのお茶を差し入れしたらしく、それを口にして眠り込んでいただけだったそうなので。


 そこでイリオスは眠っていた護衛達を叩き起こし、この失態に目を瞑ることを条件に自分は具合が悪くなって城に帰ったことにしてもらって、ついでに城には『部活の関連で遅くなる』と書いた自筆のサイン入りの手紙を持たせて連絡を入れさせ、馬車を追ってきたんだと。


 で、まずは何より私達の無事を確認したいと考えて、あんな荒っぽい手を使ってここへ侵入した――とのこと。



 それはいいとして、だ。



「この通り、私もデスリベも無事よ」


「それは良かったです」


「それで? お前も一緒にここに閉じ込められたわけだが?」


「そこなんですよねー、焦るあまりうっかりしてましたなー」



 イリオスがガックリと肩を落とす。


 ふざけんな、ガックリしたいのはこっちだよ。一体何しに来たんだ、こいつは!



「そうだ、魔法で扉をぶっ放せばいいじゃない。そしたら簡単に出られるよ!」



 私が提案するも、イリオスは肩を竦めてへっと鼻で笑った。



「ここにはデスリベもいるんですよぉ? 彼に何と言って説明するんですぅ? 下手したらクラティラスさんが魔法を使ったと勘違いされて、後々面倒なことになりかねませんけどぉぉぉ?」



 こんの野郎……確かに考えなしな案だったのは認めるけどさ、こんな嫌味ったらしい言い方しなくて良くない? 前世の江宮えみやそのまんますぎて、殴り倒してやりたいくらいムカつくわー!



「だったらせめて鍵くらい探してから侵入したらどうなの!? てか護衛達を脅す必要あった!? そいつらを連れて突入すれば、あっという間に制圧できたのに! 何でそんな簡単なことも思いつかないんだよ、クソ役立たずのアホ!」


「何でアホにアホ扱いされなきゃならないんですか! あんた達の無事もわからない状態じゃ無闇に突入なんてできるわけないし、第一どうして場所がわかったんだと聞かれたらどう誤魔化せと!? 僕の力があれば、誰かに頼るより簡単に解決できると思ったんですよ! だからわざわざ一人で助けに来たのに……あーそうかー、アホだからそんなこともわからないんですねー! アホって大変ですねー!」


「うるせー! ちっとも簡単に解決してねーじゃねーか! シバき回したろか、このアホー!」


「うるせーのはそっちですよ! これから解決するんです! そしたら返り討ちにしてやりますぞ、このアホー!」


「んにゃん……?」



 ついついいつものノリで白熱しかけた私とイリオスだったが、同時に微かな声を捉えて凍り付いた。



「おかしいにゃ……イリオスしゃまのお声が聞こえた気がしたのにゃが……?」



 ごめん寝スタイルから身を起こし、デスリベが目を擦りながらキョロキョロする。


 腐えええええ! デスリベったら寝起きはニャンコ語使いなんですかーー!? 天然ものの萌姫様かよーー!!


 などと、ロイニャンに萌えて我を失ってる場合じゃない。イリオスがこの場にいる理由を問われたら、どうする? 正直に説明するわけにはいかない。


 イリオスは魔法が使えることを皆に秘密にしている。アステリア王国では『魔法が使える者』ひいては『魔族の血を引く者』は異端扱いされるのだ。一般人でも偏見が厳しいというのに、まさかの王子がその異端なる存在だと知れたら大変なことになる。


 思うが早いか、私は素早くイリオスにブランケットを被せてマットレスに押し倒した。



「や、やーねー。イリオスがこんなとこにいるはずないじゃなーい。ロイニャン……じゃなくてデスリベったら寝ぼけちゃってえー」


 涅槃仏ねはんぶつのポーズで横寝してイリオスを背後に隠しながら誤魔化すも、デスリベは首を横に振って頑なに否定する。



「寝ぼけてなんてないにゃ! 確かに聞こえたにゃ! クラティラスしゃんは嘘つきにゃ! 嘘つきはこうしてやるにゃ!」



 いやいや、めっちゃ寝ぼけてますがな。


 てかあんたがポカポカ両手で殴ってるの、私じゃなくて、触らないでおこうって自分で言ってたはずのデカいニワトリのぬいぐるみだし。

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