腐令嬢、撲殺宣告される


「ロイオン! 何とかしてここを出よう!?」


「何とかって、どげんすると?」



 暗闇の中、ロイオンが問い返してくる。どこか潤みを帯びた声は、やけに煽情的で……って、聞き惚れてるどころじゃないんだってば!



「何とかは何とかだよ! 出るったら出るの!」


「他に出口もないのに、無茶言うなすよ。ボクはもう今日は、奴らと立ち回る体力なぞないですも」



 私の必死の懇願にも、ロイオンは煮え切らない。


 煮え切らないどころか、こいつ……うとうとしてない? してるよね? だって今、間違いなくあくびしたもん! ふぁーあ、って大きいあくびする声したもん!



「待ってロイオン! まさか眠いの!? 多分まだ夕方にもなってないよ!? いくら何でも寝るには早すぎるでしょ!?」


「すまんのぉ、電気が消えると眠たくなる習慣が付いてるもんで……クラティラスさんもせっかくやから休みや」


「待ってってば! ここ、オバケ出るんだよ!? 超怖くて休むどころじゃないって!」


「はあ? オバケなんておりゃせんど。クラティラスさん、そんなものを信じとんのかえ? オバケっちゅうのは大人が言うことを聞かない子を躾けるために編み出した、実在しない空想の産物だお」



 マジかよ……こいつもイリオスと同じで、オバケは信じない派か! 深夜に一人でトイレに行けなさそうな顔してるくせに何か腹立つな!



「じゃ、そういうことでおやすも」



 それだけ告げると、ロイオンは電池が切れたように静かになった。


 暗さに目が慣れ始めたようで、床に伏せて土下座みたいになった状態から動かなくなった彼の姿が徐々に見えてくる。続いて聞こえたるは、スヤァスヤァという安らかな寝息。


 あまりの爆速寝落ちに、マットレスの上で呆然とするしかなかった――――のだが。



「…………クラティラスさん」



 すぐに名前を呼ぶ声がして、私はほっと胸を撫で下ろした。


 何だよ、もう。ロイオンってば、私を驚かせようと寝たフリしてたんだな?



「ちょっとー、ひどいじゃない。本当に一人で勝手に寝ちゃったのかと思ったわ? イタズラにしたって程があるわよ」



 しかし私の言葉にも、ロイオンはごめん寝ポーズのまま微動だにしない。



「ロイオン? やめてよ……え? デスリベって呼ばなかったから返事しないのかな? あ、わかった。いきなり、わっ!とか言って起きてビビらせようとしてるんでしょ? そんなバレバレの手には引っかからな……」


「クラティラスさん」


「ぎょお!?」



 今度の今度こそ私は飛び上がった。


 何故ならその声は、ロイオンの方からではなく耳元で囁かれたからだ!



「ロイオン……いや違った、デスリベ!? もうどっちでもいいから起きて! お願いだから起きて起きて起きて!」



 腰が抜けてマットレスから降りることもままならず、私は半狂乱でごめん寝ロイオンに向けて叫んだ。



「クラティラスさん、落ち着いてください。僕ですよ」



 ところがオバケの奴、さらに怖いことを言いやがりくださったじゃないの!



「ボクデス!? ぼくDEATHデス!? 私、殴り殺されるの!? いやあああ! 名指しで殺人宣告されたあああ!! しかも撲殺指定ときたああああ!! 痛い痛い痛い痛い!! せめて安らかに逝かせてえええええ!!」


「あーもう! 落ち着けと言ってるでしょうが、アホウル!!」



 オバケによる叱責を耳にするや、私の恐怖心は一気に消え失せた。


 私のことをウル腐と呼ぶ者は、世界でただ一人。そ、それじゃ、このオバケの正体は――――。



「うるせえな、何を騒いでやがる!?」



 灯りが点いたかと思えば、扉を開けてイチニが飛び込んでくる。が、もう驚く気力もなかった。



「あーあー、どーもすみませんねぇ。今、超絶ムカつく妄想をしちゃってぇぇぇ? 性格極悪のクソゴミ野郎から撲殺宣告を受けてぇ、殺られる前にボッコボコにして殺り返したろーとしたところだったんだけどぉぉぉ……?」



 マットレスの凹み具合から、恐らく隣にいるであろうと思われるそいつに殺気のこもった眼差しを送りつつ、私は低く答えた。



「そ、そうか……。な、何というのか、お、邪魔して悪かったな?」



 この騒ぎの中でもごめん寝ポーズのまま眠りを貪り続けるロイオンに一瞥を落としてから、イチニはそそくさと退散した。今度は灯りは消されなかった。


 扉が閉じられるとすぐ、私は奴にブランケットを被せた。奴というのはロイオンではなく、オバケに擬態してか弱い令嬢をビビらせた性格極悪のクソゴミ野郎に、だ!


 ブランケットが『魔法で姿を消してここに侵入した』と思われる奴の輪郭を顕にする。それを睨み付けながら、私は両拳を交互に繰り出した。



「くたばれ……くたばれ……くたばれ……くたばれ……」


「ちょっ……痛い痛い痛いですって! やめてくださいよ!」



 一突きごとに静かに呪詛を吐けば、呼応して悲鳴が上がる。が、ブランケットのおかげで、奴の苦痛を訴える叫びはくぐもったものとなり、隣室に控えていると思われるイチニ達にも側で眠りこけているデスリベにも届かなかったようだ。


 誰も来ないのをいいことに気の済むまで殴ると、私はやっとサンドバッグからブランケットを取り払った。



「ごきげんよう、チリオス殿下。ついにお亡くなりあそばせて、化けて出てきたのかしら? 私がオバケ嫌いだと知っているはずなのに、本当に良い性格をしてらっしゃいますわねえ?」



 悪役令嬢クラティラスの冷笑に怒り成分と呪い成分をふんだんに配合したような笑顔を向けると、サンドバックの中身――もとい、透明化の魔法を解いたらしいイリオスはやれやれと肩を竦めた。

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