腐令嬢、推し量れず


 無事に帰す、危害は加えないと言っていたけれど、鵜呑みにしてはいけない。アホそうに見えても、彼らは私達をさらった誘拐犯なのだ。


 次に差し入れがあるかもわからないので、私とデスリベはゴロクの持ってきた水をしっかり飲んだ。デスリベは『毒が入っているかもしれない!』と最初は拒否したが、わざわざここで毒殺するくらいならとっくに殺られてるわと至極真っ当な意見を返すと、納得して飲んでくれた。


 一先ず落ち着くと、私は今いる場所が牧場近くの廃倉庫らしいことを伝えた。



「廃倉庫? そなんか……ボクは元養鶏場か鳩舎だと思うたんやが」



 私から建物の外観の情報を得たデスリベは、そう言ってフンフンと鼻をひくつかせてみせた。



「うん、やっぱり鳥の匂いがするのや。我が家で長いことワンちゃんとニャンちゃんっていう番いのオウムを飼ってるから、わかるんだわさ」



 オウムなのにワンちゃんとニャンちゃんなんて名前はどうなの……というツッコミはやめておいた。



「連れ込まれた時は周りを観察するどころじゃなかったし、鳥の姿もなかったけど、デスリベがそう言うなら昔はここで鳥が飼われてたのかもね」



 適当に相槌を打ったのだが、デスリベは首を横に振って自分の考えに間違いはないと主張した。



「否、今もきっと鳥はいるはずでよ。だってあの男達からも鳥の匂いがしたざんす。あいつらは恐らく、鳥に関わる仕事をしていると思うのじぇ」



 なるほど、見事な推理だ。無事に帰してもらえたら、奴らの身元を割り出して捕まえてもらえるかもしれない。


 でもそれより、私達の身元がバレる方が早いだろう。あの髪飾りには、バッチリとレヴァンタ家の家紋が彫られているんだから。


 そこで私はもう一つ、デスリベに伝えなくてはならないことがあるのを思い出した。



「あ、あの……デスリベ、気を悪くしないで聞いてね? どうやらあの人達、デスリベの方を『髪飾りの持ち主のお嬢様』だと思ってるみたいなの」


「何と!?」



 デスリベが目を大きく見開く。


 恐る恐る前置きをして告げたのは、彼が『強い男になりたい』という思いを知っているからだ。なので女の子だと勘違いされていると知ったら、ショックを受けてきっと落ち込むと思ったんだけど――。



「それなら都合が良い! 奴らを油断させるチャンスがあるっちゅうこっちゃな?」



 ところがデスリベは蕩けるような甘い魅惑を放つヘーゼルアイズを輝かせて嬉しそうに笑った。



「えっと、デスリベ? 女の子と間違われたんだよ? 嫌じゃないの?」



 色っぽフェイスから放たれるシャイニングキラースマイルに圧倒されかけつつも、私は恐る恐る問いかけてみた。



「嫌なものかい。うまく交渉すれば、クラティラスさんだけ解放してもらえるかもしれぬではねーか」



 それに、とデスリベは恥ずかしそうに髪を掻きながら付け加えた。



「コンプレックスは武器になると師匠が仰っておったんじゃ。この容姿も役に立つということがわかった。両親に感謝だんべ」



 私の知らない間に、デスリベは想像以上に強く逞しく成長していたらしい。


 はぁ……やっぱりロイオンって母性本能くすぐられるタイプだわ。ゲームの推しの一人だけあって、いちいち萌えの琴線にジャランと触れてきよるわ。



 一応、室内を漁ってみたものの、他に逃げ道は見当たらなかった。マットレスの他にあるものといったら、部屋の四隅に設置された扇風機と私の上半身ほどもある巨大なニワトリぐるみだけ。


 扇風機があるのは、恐らくあいつらもここで寝泊まりしてたからだろう。それはわかるとして、何でニワトリぐるみ? こんなものをわざわざ置いてるってことは、デスリベの言う通り、あいつらは鳥が好きなのかな? まぁそこら辺はどうでもいいか。


 思わず抱き着きたくなる可愛さではあったが、何か仕込まれているかもしれない。なるべく触らないようにしようというデスリベの提案に、私も賛成した。



「とにかく今は大人しくして、チャンスを窺おっぺ。クラティラスさんは休んどきや。ボクが見張りをしておくから」



 デスリベに優しい言葉をかけられ、ついでとばかりに柔らかな微笑みを向けられると、不覚にも胸がキュンとしてしまった。


 何だこいつ、ここに来て株が爆上がりなんだけど! くそう、この子ならリゲルを託しても良いとすら思えてきたぞ……でも、デスリベはまだサヴラのことを。


 お言葉に甘えてマットレスに腰掛けると、私は思い切って彼に気になっていたことを尋ねてみた。



「ねえ、ロイオン……ううん、デスリベ……じゃなくてやっぱりロイオンは、サヴラが本当は誰を好きなのか、知ってたの?」



 恐る恐る口にした問いかけに対して、デスリベ――ではなく、ロイオンはあの夏の夜に見せた、静かで透明な微笑みで応えてくれた。



「うん……そりゃ好きな人のことだからね。ボクが彼女を見てるのと同じように、サヴラさんはヴァリティタ様を見てた。イリオス様にちょっかい出してたのは、クラティラスさんへの嫌がらせもあっただろうけど、ヴァリティタ様に嫉妬してほしかったんじゃないかなって思うんだ」


「そう……」



 質問しておきながら、私にはそれしか答えられなかった。


 サヴラもまた、私とお兄様の秘密を知る者の一人だ。パスハリア家が秘密裏に調べたのか、お兄様が打ち明けたのか――パスハリアが必死になって婚約を継続させようとしているところから鑑みるに、恐らく後者だと思われる。


 お兄様は、レヴァンタ一爵家の実子じゃない。そうと知っても、サヴラはお兄様を好きになった。幼少時からパスハリア一爵令嬢として相応しくあれと叩き込まれたプライドなど、捨て去るほどに。


 お兄様の突然の留学に、きっとサヴラは大きなショックを受けただろう。婚約については直接会って話を聞いてから決めると言っていたけれど、それすらままならなくなってしまった。今、彼女がどんな気持ちでいるか、私には推し量る術もない。


 けれども、学校で見る彼女は相変わらず高飛車で偉そうで、いつも通りのサヴラ・パスハリアとして振る舞っていた。私を無視することもなくなり、向こうから挨拶してくれるようにもなった。私と仲が悪いように見えるとあらぬ噂が立ち、留学中のお兄様に迷惑をかけてしまうかもしれないと考えたからだろう。


 愛する人に本音を聞くこともできず、憎たらしい相手を突き放すこともできず、苦しい思いを一人で抱えているであろうサヴラ。そんな彼女の側に、今こそロイオンが優しく寄り添ってくれたら、とは思うんだけど……それこそ、余計なお世話だよね。

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