腐令嬢、大暴れす
移動時間は、意外と短かった。
しかし慣れない馬車移動のせいですっかり酔ってしまい、牧草から引っ張り出されても私は抵抗できず、促されるがまま立ち上がった。
気持ちの悪い浮遊感に覚束ない足元を何とか踏みしめ、到着した場所を確認してみれば、そこは見るからに廃屋といった雰囲気の大きな建物だった。全体が伸び放題の蔦に覆われ、僅かな隙間からひび割れた煉瓦が覗いている。横開きの大きな扉から窺うに、どうやら倉庫か何かとして使われていた建物のようだ。
ん? 牧場近くの廃倉庫?
このワード、どっかで聞いたような……?
しかし、記憶の糸を辿っている暇などなかった。男達によって、その建物の中に引きずり込まれたからだ。
ヤバイよね? ヤバかりしことこの上なきよね?
ヤバみアリアリありおりはべりのいまそかりだよね!?
こここここいつら、考えたくないけどやっぱり清らかな貴族の少女を狙うロリコンなの? だとしたら私、メチャメチャにされちゃうの!? モブのチンチラに拐われて辱められる受けちゃんみたいに!
嫌な想像を実現するかのように、私とデスリベは倉庫奥の小部屋に押し込まれた。ちょちょちょちょっと、あつらえたかのようにマットレスまで用意されているじゃないの!
ひいい! こ、こうなったら何が何でも抵抗しなくちゃ!
私だって、腐っていても一応の一応は乙女。
初めてはやっぱり好きになった人とがいいし、そんな人ができる保証もないけどだったら生涯清らかな身でBL愛を貫きたいし、どうしてもと迫られるにしても超絶テクニシャンなスパダリ攻め様か小悪魔系の襲い受けちゃんみたいなタイプがいいし、それに天蓋付きのベッドで大きな窓から夜空とか海とか眺めつつロマンチックに愛を囁かれながら致したいの!
こんなくたびれたチンチラもどきとこんな小汚いところで、しかも複数プレイで純潔喪失するなんて、絶対にやだやだやだやだ!!
「もがー! むぐわー! ぐおおおん!!」
なので私は全力を振り絞って大暴れした。
本物の受けちゃんなら可愛く震えて嗜虐を煽るところだけど、残念ながら私は受けちゃんじゃない。あわやのところで助けに来てくれる攻め様もいなければ、お清めセッで汚れが浄化されることもないのだ。
それに自萎他萌で申し訳ないが、モブ姦バッドエンド物はそんなに好きじゃないんだよ! だが淫乱化した受けちゃんが純情攻めによって心の傷を癒される続編があるなら、是非拝読させていただきたい……って今は私の嗜好なんざどうでもいいんだってば!!
「こ、こら、おとなしくし……あぎゃあ! うおぉう……」
「こいつ、ゴロクの股間を狙って頭突きかましやがった! 本当に狂暴だぞ、気を付けろ!」
「落ちつけ、サンシ。こいつ、もしかしたらお嬢様の護衛係なのかもしれん。ガキのくせに主を必死に守ろうとしてるんだと思うと可愛いもんだ……おごお! ふほぉぅぅ……」
「ああ、イチニ兄ちゃんまで……! な、とっても痛いだろ……? 早くここを出て、サンシ兄ちゃんに痛いの痛いの飛んでけしてもらお……?」
「く、くそぉ…………ぜ、前言撤回……! 何て可愛くねぇクソガキだぁぁぁ……!」
イチニと呼ばれた角刈りの男はそう呻くと、我が奥義『ゴールデン・インフェルノ・ファイヤーアタック』――つまるところの金的ヘッドバットの洗礼を共に受けたゴロクなるモヒカン男の間抜けな言葉をスルーし、私を背後から押さえ付けていたおかげで被害を免れた坊主頭のサンシという名らしき男に向き直った。そして私の身を毟り取るように掴み、乱暴に床へと放り投げる。
先に寝かせたデスリベは宝物みたいに優しくマットレスに横たえてあげていたというのに、本物の乙女に対して何という雑な振る舞いだ! けしからん!!
「暫く大人しくしててくれよ、な? 金さえ手に入れられりゃ、お嬢様と一緒に無事に帰してやるから」
股間を押さえてへニョへニョとした足取りで出て行く二人を見送ると、サンシとやらは申し訳なさそうに眉毛を下げて告げた。ついでに彼は、鉄の扉を締めるついでに灯りまでつけていってくれた。曰く、目が覚めて暗闇だったらお嬢様が怖がってしまうだろうとのことで。
そのお嬢様は、私の方なんですけどね!
ともあれ、彼らは私達に危害を加えるつもりはないようだ。良かった……私とデスリベの貞操は何とか守られたみたい。今のところは、だけど。
それにしても、お金ときたか。我々の清らかな身が狙いでないなら、これはきっと誘拐というやつでお父様に身代金を要求しようとしているに違いない。アステリア学園の生徒が来るという情報を事前に仕入れてわざわざ待ち構えていたようだし、初犯ではなさそうだ。
とにかく、今できることをしよう。逃げるために何か手がかりを掴まなくては。
手足を縛られたままだったので私は床を転がり、扉まで近付いた。ぶつからないように、ここは慎重に。また暴れたと知れたら、今度こそ無事では済まされないかもしれない。殺されるまではいかないにしても、殴られでもしたら嫌やん。痛いの嫌いだし。
老朽化して歪んでいるのか、扉にはほんの少し隙間があった。けれど周囲の様子が見えるほどではなかったので、私はそこに耳を付けて音を窺った。
「うう……マジで潰れたかも。サンシ兄ちゃん、ちょっと見てくれ。自分じゃ怖くて確かめらんねえよぅ……」
「おいゴロク、こんなところで脱ぐなって。あーもう、仕方ねえなあ……どれどれ。大丈夫、ちゃんと残ってるぞ。だから泣くな」
「ったく、とんでもねえガキだ。ありゃお嬢様を常に護衛するために女装してるだけで、中身は男なんじゃねえのか?」
「イチ兄の言う通り、それはあるかもしれねえな。しかしこの髪飾りから察するに、もう片方の子は三爵どころか二爵、いやもしかしたら一爵令嬢って可能性も……」
「イチニ兄ちゃんは確認しなくていいのか? 俺が見ようか? 潰れてたら、イチニ姉ちゃんって呼ばなきゃならなくなるし」
「ゴロク、お前はちと黙ってろ。それよりズボン履け。ったく、バカな弟を持つと苦労するぜ……」
聞こえてきた会話によると、あの三人は兄弟らしい。先程目にした外見と今聞こえている声で照らし合わせるに、角刈りのイチニが一番上で、坊主頭のサンシが次男、モヒカンのゴロクが末っ子っぽいな……わかりやすい名前だ。
ていうか誰が女装した男じゃ! もしかしなくても一爵令嬢だっつうの! この私がな!!
「まずは身元を調べてみよう。髪飾りの狼の模様は多分家紋だろうから、すぐに割り出せそうだ」
「フフン、サンシは賢いな。さすが俺の弟だ」
「あ、イチニ兄ちゃんのも潰れてないみたいだぞ。憧れの姉ちゃんができると思ったのに、ちょっと残念だなぁ」
「勝手にスボンを脱がすな、アホタレ! ゴロク、お前もちっとはサンシを見習え!」
ツン兄のズボンを脱がせる天然弟……だと?
何という美味しいシチュ!
扉よ、もうちょっとでいいから開け! この向こうで繰り広げられているであろう生の兄弟BLを、どうか一目でいいから見せておくれ!!
「ううん……ここは? ボク、また試合で倒れたの?」
欲望のおもむくままに、あるかなしかの細い隙間に顔を押し付けてハスハスと鼻息荒く目を凝らしていると、背後から小さな掠れ声がした。振り向けば、デスリベが起き上がって不思議そうな顔で辺りを見渡している。
お嬢様(偽)のお目覚めだ。
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