腐令嬢、拐われる


 二人きりになるのは久々だったけれど、もじもじと口籠るばりだったロイオンの頃とは違い、デスリベは自分からいろんな話をしてくれた。


 初めて出場した武道の大会で、ボロ負けしたこと。

 そこで眼鏡を大破され、裸眼で過ごす内に視力が回復してきたこと。

 敬愛する武道の師匠を真似て髪を伸ばし始めたところ、癖っ毛から髪質がいきなり変わり、何故か綺麗なストレートになったこと。

 仲の悪かったお姉さん達とは今ではすっかり打ち解け合い、一番上の姉の結婚式では号泣し過ぎて過呼吸を起こし、大騒ぎになったこと。


 そして――――今でも、サヴラを想い続けていること。



「ボクなんぞじゃ手の届かない相手だと、最初からわかってたから気にせんことにしたんぞ。好きという気持ちは自由なんやて、クラティラスさんに教わったしの!」



 昨年夏の手痛い失恋は、彼を大きく成長させたようだ。言葉遣いはさておき、今のデスリベは前のおどおどしたロイオン・ルタンシアを影ほどにも感じさせないくらい、自信と明るさが漲っていた。

 へんちくりんな奴になっちゃったけれど、これはこれで良かった……のかな。良かったんだよな、うん。


 目的の場所である柵に覆われた放牧地付近に到着すると、私はあることに気付いた。生徒達の安全を守るため、牧場の周囲を警備しているはずの者が一人もいない。イリオスっていう王族所属の面倒な奴がいるせいで、今回は教師だけじゃなくわざわざ王国軍から何人か派遣されてきたんだけど……皆してサボリかな? まあ、肝心の王子様はレストランでまだちんたら飯食ってるんだもんね。手が空いてそうなら手伝ってもらおうと思っていたのに、残念だ。


 イリオスのことを思い出すや、私は慌てて左手を見た。何と、そこにもいつもあるべきものがない! ……と焦りかけたけれど、婚約指輪がないのは当たり前のことだとも思い出す。そうだった、今日の課外授業はアクティブだから、落としては大変だと言われて家に置いてきたんだったよ。王家からの賜り物を紛失したら、それこそ大事になるもんね。私にとっては髪飾りの方が大事だけれど。



「ああ、ここよ。この場所に落っこちちゃったの」



 うっかり物忘れで無駄にドキリコ節を奏でた胸をこっそり撫で下ろしつつ、私はモギュくんに振り落とされた牧草の山を指し示した。


 するとデスリベは、ジャージの上着の袖を捲り上げて意気揚々と笑ってみせた。



「ボクに任せるなり! 師匠直伝の百烈デスリベ拳で、粉砕しちゃるでよ!」

「え、ちょ……」



 髪飾りまで壊されては困ると、私は引き留めようとした。が、ロイオンが細い腕を繰り出す方が早かった。



「デスデスデスデス! リベリベリベリベ!」



 クソみたいな掛け声と共に突き出される拳は、しかしふさふさと牧草を細かく散らすのみで、ほぼノーダメだった。


 ですよねー。だってデスリベってば、私より細いんだもん。武道を習い始めて一年近くになるらしいけど、私でも余裕で倒せそうですもん。


 もすもすと牧草相手に無益なスパーリングをするデスリベは放置することにし、私は上から山を崩しながら髪飾りを探した。結構深く沈んだから、そう簡単には見つからないかも……ううん、絶対にここにあるはずなんだ。何としても見つけてみせる!


 牧草を掻き分けながら懸命に目を凝らし、私はヘアクリップタイプの髪飾りの行方を追った。ラインストーンがぎっしりあしらわれているから、光が当たればキラキラ輝いてわかりやすくなるはずだ。


 そう思い、わしゃわしゃと牧草を掘り進めていると――不意に陽光が陰った。



「お嬢さん達、どうしたんだい?」

「何か困ったことでもあったかな?」

「良かったら、俺達も手伝おうか?」



 振り向けば、背後に三人の男性が立っている。


 王国軍の制服を身に着けているけれども、何故か私は嫌な空気を感じた。親切な言葉とは裏腹に、粘着質な笑みからは胡散臭い雰囲気がムンムンする。


 王国軍の全員を覚えてるわけじゃないけど……こんな奴ら、いたっけ?



「ですだっ!」



 目の前にいたデスリベがいきなり悲鳴を上げたせいで、思わず私は飛び上がった。



「あたた、あったー!」



 弱っちすぎて牧草で拳を潰したのかと思ったけれど、彼の雄叫びは苦痛を訴えたものではなかった。


 燦々と光を落とす太陽のように輝く笑顔でデスリベが掲げたるは――――探し求めていた、銀の髪飾り!



「……へえ、ガキにしちゃえらい大層な装飾品を持ってるなあ?」



 しかし私が喜びの歓声を放つより早く、背後にいた男の一人が進み出てそれを取り上げた。



「何するだす!? これはボクが……」



 デスリベが果敢にも男に掴み掛かる。


 ところが男は、手慣れた調子で彼の首に手刀を食らわせた。崩れ落ちたデスリベを見て、私は叫ぼうとした。が、背後の男に口を押さえされ、さらに体を拘束されて動きまで封じられた。



「こんなものを持ってるってことは、やっぱり貴族か。それもいいところのご令嬢みたいだ」


「今回の獲物は決まりだな。俺の言った通りだったろ? アステリア学園は庶民も多いから、警備は緩いはずだと」


「ああ、俺達だけで簡単に片付けられたもんな。王国軍といってもあの程度かと、逆に拍子抜けしたぜ。さあ、誰かに気付かれる前にとっととズラかろう」



 獲物って? 片付けたって? ズラかるって……ええええええ!?



「ところで、どっちが令嬢様なんだ?」


「当たり前のことを聞くな。こっちの茶毛の子に決まってんだろ。変な言葉遣いをしていたが、そっちのガキに比べたら気品がまるで違う」



 気を失ったデスリベを抱きかかえた男の言葉に、問いかけた男も確かにと頷いた。


 ちょっと!? お前ら『自分、貴族の見分け方にはちょっと自信あるんで』みたいな面してっけど、大ハズレもいいとこだからな!?

 令嬢様は私だ、このエセ貴族通が! おまけに、そいつは男じゃーー!!



「こっちのガキは、顔は綺麗でも野獣みたいだもんなぁ。しかし騒がれるとうるさそうだから、二人共連れてくぞ」



 憤りに任せて大暴れする令嬢(本物)を押さえていた男は、うんざりしたように吐き捨てると手の空いていた男に手伝わせ、手早く私の手足を粘着テープで縛り上げた。一瞬だけ手を離してくれたので、隙をついて喚こうとしたけれどすぐに布を突っ込まれ、おまけに口にも粘着テープを貼られた。デスリベも、私と同じように粘着テープで縛められる。


 それから三人は私とデスリベを近くに停めてあった馬車の荷台に転がし、外から見えないように牧草を被せた。


 馬車が動き出す。乗り慣れた車の移動とは異なる、不規則な揺れに身を任せながら私はそれでも心の中で叫んだ。



 やだやだやだ! 待って待って待って!

 こいつら、私とデスリベをどうしようっていうのーー!?

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