誘拐脱出大作戦
腐令嬢、吹っ飛ぶ
「あっ、モーモーちゃんだ!」
「ホントだ、モーモーちゃんですねっ!」
のんびりと草を食む牛の中に見覚えのある姿を見て、私とリゲルは歓声を上げた。
課外授業で見学する牧場は商都の西部、ケノファニ共和国から広がる山脈の裾野の境界近くにあった。
牧場主はどこかで見た覚えのある顔のおじさんだったのだが、リゲルに言われてやっと気が付いた。毎朝交通渋滞を起こすことで有名な荷運び用のお便秘牛、モーモーちゃんの飼い主である。
私がおじさんの顔を覚えていたのは、以前暴走するモーモーちゃんの前に飛び出してしまい、多大なるご迷惑をおかけしたことがあったせいだ。あの時はバタバタしていてろくに挨拶もできなかったので、私とリゲルは解散して自由見学が開始するとすぐおじさんの元に向かい、改めて謝罪した。
おじさんは笑顔でえーよえーよと手を振り、あの時は本当に運が良かったと繰り返して私の無事を喜んでくれた。
どっちかというと運は悪い方なんだけどな?
今となれば良い思い出だけど、一年の球技大会じゃジャンケンで一発負けして絶対避けたかったバスケチームに配属されたし。さらにはイリオスと顔面接触して流血沙汰になったり、私の代わりにリゲルがいじめられたり、ロイオンとデキてると勘違いしたサヴラに投石されたり、運動会じゃテントの下敷きになりかけたり、最近だと転んで顔面から水溜りに突っ込んだりと、ろくでもないことのオンパレードだ。
しかし何より一番の不運は、死亡エンドしかない悪役令嬢に生まれ変わったことだろう。
悪役なのは諦めるとして、何で腐女子の私が乙女ゲームなんかに転生するんだよ。こんな不運ある? せめてBLゲームなら、死亡エンド一択だろうと日々萌え滾って感謝の笑顔で死ねたのに……!
「クラティラスさーん、ここにいる牛に乗ってもいいんですって! しかもどいつもこいつも雄牛ですよ、雄牛。隣り合わせに歩いて牛さん達の恋を妄想しつつ、自分を男体化させた夢妄想も加えて種を超えた
リゲルが暗黒の沼色に染まった笑顔で私の腕を引く。もちろんゲームでは、こんな表情もこんな発言もしない。総愛され逆ハー兵器の難聴あざとすぎヒロインは、今や見事なまでに腐沼の主だ。
でもだからこそ、この世界も捨てたもんじゃない。不運を嘆くより、素晴らしい同志に恵まれた幸運を喜ぼう!
「いいねいいね、どっちが攻めでいく? あ、リバでもいいな」
「じゃああたし、クラティラスさんの乗る牛を誘惑して
「何をう!? ハイスペスパダリ攻め様のクラティオスだって負けないんだからね!」
ちなみにステファニは、バス酔いしてグロッキーなイリオスに付き添い、ランチまでの自由時間は牧草の観察をするといって既に我々とは別行動している。なので私とリゲルは二人で、キャッキャウ
が、私は舐めていた。
牛なんてどうせちんたら歩くもんだろうと余裕かましていた。モーモーちゃんの大暴走事件を、すっかり忘れていた。
「あんぎゃあああああ!!!!」
優しい目をした黒毛の牛は、他の皆が乗った時はおじさんがどれだけお尻を叩いても全然歩かなかったのに、しかし私の番になるや豹変した。
凄まじい勢いで爆走するもんだから、手綱を握り締めたまま牛の背にしがみつくだけで精一杯だ。まさかシャイな控えめ受けちゃんに見せかけた、鬼畜攻め様だったとは!
「お嬢ちゃん、すごいやねー! この子、恥ずかしがり屋で知らん人相手やと緊張して走れんのやけど、いきなりハッスルしとるわー! 牛に愛されとるんやねー!」
おじさんが止めもせず悠長に笑って見送るのは、牛がちゃんと定められたコース内を周回してくれているからだ。
だからこの爆走は、牛にとっては私へのサービスのつもり、らしいんだけど……もう十分だから止まって! お前の愛は十二分に伝わったから下ろして! 死んじゃう死んじゃう!!
「何ー!? 牛に愛されてるだとー!? クラティオスめー、さては
私の後を同じくモー烈な速度で追いかけてくるのは、絶世のスケコマシ野郎リゲルグに成り切ったリゲル。
声にならない声で叫ぶ私の気も知らず、リゲルグが乗る立派な角を持つ赤毛の牛が隣に追い付くと、黒毛攻め牛はさらにスピードを上げた。負けず嫌いなタイプらしい。
「ほんげえええええ!!!!」
「うるああああああ!!!!」
私の悲鳴とリゲルの雄叫びが重なる。
リゲルの牛が追い抜くかというところで、何と黒毛攻め牛は横から体当たりをかました。勝つためなら手段を選ばないタイプでもあるらしい。
うーん、こいつはお仕置き大好きな鬼畜攻め様ってよりも、受けちゃんを監禁調教してじっくり時間をかけて身も心も落とす、メリバ系BLの一人称攻め視点のヤンデレ主人公の方が似合いそうだな。ラストに『――これでキミは永遠に僕のモノ』ってモノローグと共に、暗い微笑みを浮かべてる感じの。
なーんて、牛BLを妄想して現実逃避しかけたその時。
「あひょーーーー!!」
うっかり手綱を握る手を緩めてしまったせいで、私の体は空中へと放り出されてしまった。そしてそのまま、コースの垣根を超えて外側の草地に勢い良く墜落した。
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