腐令嬢、涼む


 私の切なる願いが叶ったのか、しつこい雨をもたらす雲は急速に引いてくれた。


 近年稀にない早さで雨季が過ぎると、入れ替わるように強い陽射しが照り付けるようになった。そうなれば、今度は暑さに文句を垂れる日々の始まりだ。人間って、本当にワガママよねぇ。



「……寝入って、暫くもした頃でしょうか。男はおかしな音に気付き、目を覚ましました。しかし、何かに押さえ付けられたかのように体が動きません」



 そこでトカナは、一旦口を閉じた。紅薔薇支部の部室内に不気味な静寂が落ちる。


 次に、彼女が何を告げるのか。

 死ぬほど聞きたくないのに右手はリゲル、左手はステファニに握られているため耳を塞ぐこともできない。リゲルとステファニも、私と繋ぐ反対側の手をそれぞれ他の部員達と握り合っている。そうして我々は手を繋いで円になり、床に座っていた。


 この手だけは、離すわけにいかない。だって、うっかり離してしまったら――――。



「男が恐る恐る目を開けてみると――――至近距離から見下ろす、半透明の男の子の姿が!!」


「きゃああああ!!!!」



 揃って悲鳴を上げた瞬間、狙ったかのように部室のドアがノックされた。



「いやああああ!!!!」



 さらに追い絶叫。


 構わず扉を開けて入ってきたイリオスは、手慣れた調子でドアの脇にあるスイッチを押して電気を点けた。



「あなた方、また怪談ごっこで涼んでたんですか? 懲りないですねー」



 呆れたような声で言いつつも、手を繫いだまま身を寄せ合って震える私達を嫌らしく眺め回すのは忘れない。


 こいつ、これを見たいがために毎度毎度いいところで邪魔しに来るんだよね。いつも『たまたま通りがかったら悲鳴が聞こえて』とか抜かしてますけど、白百合の部室は三階なのに、何で二階にある紅薔薇支部の前をしょっちゅう通りがかるんですかね? 通り道でもありませんよね? これで三度目ですよね?

 最初は偶然だったんだろうけど、それに味を占めて悲鳴が聞こえるまで待機してるとしか思えませんが?


 だが、私は文句を言わず我慢した。何故ならこの後、イリオスには部活動日報を高等部生徒会室まで持って行くのに付き合ってもらわねばならない。普段ならステファニが付き合ってくれるんだけど、この『登場人物メンズ縛り怪談で涼もう会』が始まってからはそれがままならなくなっているのだ。



「最後にもう一つ。さっきの話…………実話です」

「のおおおおおおおおん!!!!」



 トカナが静かな声で恐ろしい事実を告げるや、凄まじい雄叫びが上がった。


 超ビビリの私でもなければ、オバケだけは苦手なリゲルでもない。我らの間にいた、ステファニだ。



「あ、ステファニが手を離した」

「ステファニさん、やっちゃいましたね……」



 両脇から私とリゲルがそれぞれぼそりと漏らすと、ステファニははっとして慌てて手を繋ぎ直した。



「違います! 今のはつい……いえ、皆様は幻を見たのです! 私は手を離してなどおりません!」


「ええ…………私には見えますわ」



 ここでこの特別活動の発案者であり、幼い頃から数々の朗読会に出席し、多くの人々の心を揺り動かしてきた朗読上手のミアが静かに立ち上がった。



「集まった霊達が、禁を破ったステファニさんに寄り添う姿が!」


「ぎゃおおおおおおおんぬ!!!!」



 ミアの宣言に、ステファニは訳のわからない叫び声を上げ今度こそ手を離した。そして床に蹲り、頭を抱えてガタガタ震え始める。


 今回も最後まで耐えられなかったか……。


 ミアが提案したこの怪談ゲームは、輪になって一人ずつ怖い話をして、それが百に達するまで手を離してはいけないというルールになっている。手を繋ぐことで護りの壁を作るそうなのだが、途中で離した者には寄ってきたオバケが取り憑くんだとか。日本人風に説明すると、コックリさんと百物語を足して割ったみたいな感じかな。どっちも怖いから、前世でも参加したことないけど。


 そんな私以上に、ステファニの怖がりっぷりがすごくてさー。怪談は未経験だったらしいけど、このゲームを始めた初日にあっさりヘッポコ堕ちしちゃったんだよね。



「もうしません勘弁してください私が悪かったです許してください嫌です無理です、サーセンサーセンサーセンサーセン……!」



 それこそ呪詛のように詫びの言葉を呟き続けるステファニの姿に、イリオスも萌えを通り越して可哀想になってきたようで、彼女の側に寄って優しく声をかけた。



「ステファニ、オバケなんていませんよ。仮にいたとして、死んだ者が皆オバケになっていたら、場所が足りずに圧迫されて身動きするどころじゃないでしょう。怖いと思う気持ちが幻覚を見せるだけです。気を強く持てば、大丈夫ですよ」



 こいつ、オバケは信じない主義か。


 わかるわー、江宮えみやってオバケが隣にいても平気で百合アニメ観て萌えに悶えて、ドン引き昇天させそうだもんなー。



「そ、そうですね。イリオス殿下が仰るのなら、オバケなどおりませんよね。私はイリオス殿下を信じます!」



 愛しの殿下のおかげで、ステファニはたちまち立ち直った――――のだが。



「そうそう、思い出したわ。トカナの話って、何年が前に起こった浮浪者の不法侵入事件が元になってるのよね?」


「よくご存知ですね。はい、近くに住んでいた方から直接聞いたお話なんです」



 ドラスが尋ねると、トカナは笑顔で頷いた。



「私も侍女から聞いたことがありますわ。商都の自警団グループに自ら訴え出て、幽霊が出たと大騒ぎしたんでしたっけ」



 アンドリアも身を乗り出してそれに加わる。



「そのせいで頭がおかしいと思われて、すぐに釈放されたのよね。変な奴がうろついているかもしれないから注意するようにって、当時は親によく言われていたわ」



 リコは商都の近くに住んでいるので、その事件を直に肌で感じていたようだ。



「ええ……手当り次第に、幽霊の存在を吹聴して回ったそうですね。しかし誰にも信じてもらえず、気が狂って亡くなられたとか」



 ついでとばかりに、イェラノがうっそりと漏らした。



「確か場所は……今度の課外授業見学に行く、牧場近くの廃倉庫だったかしら?」



 トドメに、デルフィンが言わなくても良いことを告げる。


 こうして皆からやたら具体的な噂話を聞かされたせいで、ステファニのみならず、肝っ玉スモールな私とリゲルまでもが阿鼻叫喚地獄に叩き落されてしまった。



 その夜はステファニと結託して、私の寝室で抱き合って一緒に眠ったのは言うまでもない。

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