腐令嬢、疑われる


 イリオスと共に車に乗ってレヴァンタ家に帰ったのは、翌日の午前九時過ぎだった。


 本当はもっと早く戻る予定だったんだけど、朝食も美味しくて何度もおかわりしちゃって……あ、お腹は起きたらペタンコに戻ってたよ! イリオス、安心のあまりちょっと涙ぐんでたよ!



「ただいまーー!」



 元気良く挨拶して帰宅を知らせると、珍しくお休みだったらしいお父様とお母様が玄関まですっ飛んできた。



「おおおおおかえり、クラティラス!」



 お父様は夜更しでもしたのか、目は充血してるし隈ができてるしで、ひどい有様だった。


 おまけに何故か私の髪をかき上げ、血走った目で首元をチェックし始めるという奇行に及ぶ始末。何してんだ、このオッサン?



「お二人共、誤解なさらないでください。ホテルの部屋に宿泊したのは、クラティラス様お一人だけです。僕は食事の後で城に帰り、朝になってから迎えに行き、そのままこちらに送り届けさせていただきました。ですから、ご心配なさっているようなことは一切ございません」



 隣からイリオスが、お父様に昨日の流れを淡々と説明する。途端にお父様は深々と溜息を吐き出して、床にへたり込んだ。


 ちょちょちょちょっとー、お父様ー?

 まさか私とこいつが、ホテルでいかがわしいことしてるんじゃないかと想像してたのーー!? 超絶ないわーー!!



「イリオス殿下、どうか夫の無礼をお許しくださいませ。この人、とても心配性ですの。私は何度も訴えておりましたのよ? いくら私共の娘が食べちゃいたいくらい可愛くても、第三王子殿下は紳士の中の紳士。青少年特有の迸る衝動に駆られるがまま、婚前交渉などに及ぶはずがない、と」



 進み出てきたお母様を見るや、イリオスは軽く仰け反った。


 無理もない……お母様の本日の装いは、悪魔みたいな怖い顔がドドンと胸元にプリントされたクレイジーなドレスだったので。


 それ、私が拒否ってお兄様の部屋に敷いたカーペットと同じデザインだよね? ペアやったんかい。しかも第三王子殿下のお出迎えに着用するってことは、一張羅扱いなんかい。おい待て、これ見よがしに開いた扇子も悪魔顔デザインじゃねーか。どんだけ気に入ってんだよ。



「嘘をつくんじゃない! お前だっておっぱいくらいは揉まれているだろうと言っていたじゃないか! 男は一度おっぱいを揉んだら、もっともっとと盛り上がって止まらなくなるものなのだよ!!」


「エロジジイ街道まっしぐらなあなたとイリオス殿下を一緒になさらないでくださる!? 失礼にも程がありますわ! イリオス殿下はまだ若くて無垢でいらっしゃるのだから、おっぱいだけで充分満足なされるわよ! 逆にその先はやり方がわからないとか、ご自身の殿下棒に自信がないとかで押し留まるわよ!」



 私達を置き去りに、両親はどうしようもないほどにアホで下品な言い合いを始めた。


 お父様もお母様も、もうやめて……。クラティラスのおっぱいは無事よ……。でも代わりに、胸がとても痛いわ……。



「クラティラス様、揉まれましたかな?」

「クラティラス様、揉まれたのですか?」



 ついでにアズィムとステファニまで寄ってきて、ここぞとばかりに好奇に満ちた目で尋ねてくる。


 助けを求めてイリオスを振り向くと、奴は強張った頬に精一杯の笑みを浮かべて私に告げた。



「ではクラティラスさん! また来週学校で!」



 それだけ告げると、イリオスは私が口を開くより早く、全てを丸投げしてそそくさと帰って行った。


 ふざけんなーー! 何もかもお前のせいだろーー!?

 この状況を、私一人でどう収めろっていうのーー!?




 さて――自分が正真正銘、お父様とお母様の本当の子であると知ったんだから、もう家を出る必要はなくなった。これからは元通り、勉強もせず遊び呆ける毎日に戻る……というわけにはいかない。


 今回の件で、私は思い知ったのだ。お父様とお母様のことを心から愛している、と。だからこそお父様とお母様の愛情に、当たり前のように甘えてばかりではいけない、と。


 お父様とお母様が誇れる子になりたい。それ以上に、私なりの幸せの形を実現させて、二人に認めてもらいたい。


 なので真実を知っても、私の決意は変わらなかった。プラニティ公国の美術学校に行き、絵の勉強をする――前世で、これからというところで潰えた夢を叶えるのだ。


 その学校では、学生の身であっても画家としての才能を見出され、ファンがついたりスポンサー契約をしてもらえたりすることもあるらしい。だったら私にもチャンスはある。誰かの目に留まることができるよう、死ぬ気で頑張ればいい。



 そこで私がイリオスに提案した、名付けて『女の幸せは結婚だけじゃねーん大作戦』を決行するのである!



 たった三年で、どこまで成果を上げられるかはわからない。しかしイリオスが私のひたむきな姿に心を打たれたという体で、『あんなに一生懸命な彼女に、夢を諦めて王宮に入れなどとは言えません。彼女の活動を応援している者も多いですし、無理矢理アステリア王国に連れ戻すような真似をすれば反感を買いかねません。それに、僕も彼女の絵のファンの一人なのです』的なことをしおらしく訴えれば、きっといける。


 国王陛下は割とチョロ……じゃなくて人情深いし、私のことを娘みたいに大切に思ってくれているらしいからね。ついでにディアス第一王子殿下と第二王子のクロノにも口添えしてもらえば、婚約の解消を了承して私の夢を応援する方向にシフトチェンジしてくれるだろう。


 ということで、苦手な勉強も継続決定!

 夢を叶えるために、何より生き伸びるために、全力を尽くすのだ!!

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