腐令嬢、躓く


「ちょっと……今、お腹がモコっと動きましたぞ……。あんた、内臓に何か飼ってるんですか……?」



 ゴージャスの一言に尽きるベッドに横たわった私の腹部に視線を落とし、イリオスが震え声で問う。



「うるせーな……詰め込みすぎて、食べ物の量に消化が追い付かなくて大渋滞してんだよ……。順次対応してるようだから、頑張るクラティラスの胃腸を優しく見守ったって……」



 調子こいて食べすぎたせいで、私は制服のジャケットのボタンすら苦しくて、シャツもはだけてぽっこり膨らんだお腹を丸出しにしている。スカートのファスナーも全開だ。


 朝まで食べ続けるのは、やっぱり無理でした……。


 あられもない格好をしているが、ゲームの最推しとはいえ、江宮えみやですら萌えられないようだ。白けるを通り越し、化物を見るような目でドン引きしている。確かにこのポッコリぽんぽん状態の私にセクスィさを感じる奴がいたら、逆に尊敬するよ。最強の変態として。



「胃薬すら入らなさそうですけど、気持ち悪かったり気分が悪かったりします? 吐き気は?」


「大丈夫だ、問題ない。吐きそうになったら、何としても押し戻す」



 私の返事を聞くと、傍らに立っていたイリオスはやっとベッドサイドの椅子に腰掛けた。



「…………お兄様の話だよね?」



 彼から切り出される前に、私は自ら口を開いた。


 イリオスがこんな強引な手に打って出たのは、新学期が始まってもずっと、私に誘いを断られ続けたせいだ。だから、こちらにも非はある。


 そして今日は、四月末日。

 大神おおかみ那央なお江宮えみや大河たいがの命日であると共に、ゲームではリゲルが攻略対象と結婚式を挙げ、クラティラスが命を落とす日でもある。


 もしかしたらイリオスは――いや、江宮は、そのことも頭にあったのかもしれない。

 推しであるクラティラスにはゲームのような末路を辿らせないと、必ず守り幸せにしてみせると、言ってくれていたから。



「…………ずっと避けてて、ごめん。ちょっと頭の中を整理するのに、時間が欲しかったんだ」


「いいんです。ただ、大神さんのことがずっと心配だったんで。距離を置こうとしていることには、気付いていました。でも無神経と罵られようと、どうしても話したかったんです」



 右側から降ってきたイリオスの声はとても優しくて、今更になって私は反省した。聞きたくなかった、知りたくなかった。だから再度真実を突き付けられることに怯えて、逃げていた。


 けれど、江宮も同じだったんだろう。彼は私に、知られないようにしてきた。なのにお兄様が暴露して、それは打ち砕かれた。こうなったからには、傷付けるとわかっていてもきちんと告げなくてはならない。傷口を見なければ手当てはできないし、触れなければ消毒もできないんだから。


 本当に申し訳ないことをした。心配してくれる友人の思いを、蔑ろにしていた。江宮だって、不本意に最推しを苦しめる事態になって辛いはずなのに。



「私は大丈夫。気にしてない……とまでは言えないけど、死にたくなるほど落ち込んではないよ。むしろ、前向きに頑張る方向にシフトしたから」



 なので私は、江宮に明るく笑ってみせた。


 クラティラス史上最高に膨れ上がった腹は重たくて動かせなかったんで、向けたのは首だけだったけれども。



「もしかして、いきなり勉強を始めたのもその一環ですか?」


「うん。私が独り立ちして家を出るためには、どうしても勉強しなきゃならないからさ」


「独り立ちして家を出る、って……やっぱり勘違いしてますよね?」



 そう言って、イリオスは額を押さえて項垂れた。何この反応、バカにしてんの? 感じ悪ー。



「何が勘違いだよ。だって私、レヴァンタ家の子じゃないんでしょ? だったら、いつまでもお世話になるわけにいかないじゃん。お父様とお母様に甘え続けるわけにはいかないよ……お兄様だって、あんなに私のことを嫌ってるし」


「ええええ……そっちも? あーもう、だから早く話したかったのに」



 イリオスはヘナヘナと崩れ、ついには膝に顔を埋めてしまった。


 これには、さすがに温厚な私も腹が立ってきたぞ!



「ちょっと、人が真面目に話してるのに何なの!? 言っとくけど、来年にはこの国を出るって決めたんだからね! この件を公にすれば、婚約もナシになるだろうし……」


「続編のラノベまで網羅して、クラティラス嬢の出自についても知っている僕が、その手を思い付かないわけないでしょーが。クラティラス嬢がレヴァンタの娘じゃないなら、とっくに国王陛下に打ち明けて婚約解消してますよ……」



 身を起こしたイリオスは、死にそうな声に相応しい死にそうな顔になっていた。



「あ……え?」



 そうだ、江宮があの時、力づくでお兄様を止めたのは『知っていた』からだ。


 ゲームだけで手一杯だった私と違い、彼は続編のライトノベルも読んでいる。そこにはやはりクラティラス・レヴァンタの出自についても書かれていたようだ。それは私にも予想がついていたんだけど……。



 …………そっかーー! だよねーー!?



 江宮は私なんかより頭が良い。最初から知っていたなら、私にはレヴァンタ家と血の繋がりがないことを理由に、婚約を白紙にするように動いただろう。


 何でこんな簡単なことに気付かなかったんたんだ、私のバカバカ! アホクソゴミカス!

 お前の描くBLは独りよがりで、ワンパタかテンプレか特殊性癖ブチ抜くかしかなくて、はっきり言って面白くないんじゃー!



 うん……これ以上、自分を責めるのはやめておこう。自虐で心に深い傷を与えるのは、自傷行為でしかない。


 ということは、現状では変わらずイリオスとの婚約解消は不可能ってことだよね?


 それじゃプラニティ公国への移住は無理じゃん! 王子の婚約者が国外逃亡なんて、死に急ぐ行為でしかないし!



 ウソやん、いきなり躓いたーー!!

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