腐令嬢、別れを思う


 イリオスの指示で、お兄様はその後すぐに王立病院に搬送された。回復し次第プラニティ公国に送り返されるらしいけれど、病院への見舞いもプラニティへの面会もこちらからなら自由にして構わないとイリオスは付け加えた。


 お兄様にはネフェロが付き添うこととなり、それを見送り終えると、お父様とお母様は今回の一件について、改めてイリオスに謝罪を述べた。


 しかしイリオスは逆にお兄様への暴行を頭を下げて丁寧に詫び、このことについては他言無用、大事にしてはお兄様の未来にも障るだろうから自分も王家の者達に伝えることはないと告げ、カフスボタンを受け取るとさっさと城に帰っていった。



 お兄様もイリオスも、二人揃って最後まで私とは頑なに目を合わせようとしなかった。


 そして私もまた、心配する両親の顔をまともに見られず、イリオスが帰るとすぐに逃げるように自室へと戻った。



 ベッドに横になって目を閉じれば、お兄様の言葉がぐるぐると頭を巡る。



『お前は私の妹ではない』

『お前はこの家の……』



 そこに、サヴラの言葉が重なる。



『誰よりもあなたにだけは言われたくない! 何も知らずにぬくぬくと笑っていたあなたにだけは!』



 私が、知らなかったこと。


 答えはもう、出ている。私は、お兄様の妹ではない。お兄様は、私の兄ではない。


 確かに私は前世の記憶が戻ったせいで、本来のクラティラスとは異なる存在になった。それにお兄様が勘付き、私を妹として認められなくなった……とも考えたけれど、多分違う。きっとそういうことじゃない。



『お前はこの家の……』



 何故なら、イリオスはあの先を言わせまいとお兄様に暴力を振るってまで制止した。彼があれほど必死になったのは、私に知られたくなかったからだ。



 となるとやはり、こう結論付けるしかない。

 私、クラティラス・レヴァンタは『この家の者ではない』――あの言葉は、そう続いたに違いない。



 私とお兄様は恐らく、本当の兄妹じゃない。クラティラス・レヴァンタは、ヴァリティタ・レヴァンタと血の繋がりがない。そしてどうやら私は、お父様とお母様の子ではない……らしい。


 どうやって聞き出したのかまではわからない。けれど、サヴラはお兄様にそのことを打ち明けられて知っていたんだろう。だから私を目の敵にした。妹面して側に居座る他人の存在を、許せずに。好きだからこそ、あらぬ詮索をし嫉妬までして。


 クラティラスがこの家に引き取られた経緯など、今の私にはまるで見当もつかない。髪色や目の色といった外見は両親ともお兄様とも共通している点があるから、もしかしたら縁者なのかもしれない。


 そういえば私とお兄様は、これまで一度も親類と呼べる存在に会ったことがなかった。お父様が忙しくて時間を取れないからだとばかり思っていたけれど、今になって考えてみれば、向こうからの訪問どころか手紙すら届いたことがないなんてさすがにおかしい。


 どうして気付かなかったのか?

 薄々とでも疑問に感じていたなら、その理由をもっと深く考えるべきだった。そうすれば、もっと早い段階で察することができたはずだ。私が、両親の親類から意図的に遠ざけられていたという事実に。


 跡取りに恵まれなかった貴族が、分家から子を引き取るなんてよくあることだ。将来性のありそうな子を何人も見繕い、養子にして育てる者もいる。別に珍しい話じゃない。


 前世でも身近にそんな境遇の人はいなかったけれど、テレビドラマやアニメや漫画や小説などで、血縁関係のない家族が拗れる物語には多く出会った。それを観たり読んだりする度に、自分ならこんなにショックを受けない、血の繋がりが全てじゃないだろうと苦悩する登場人物に対して白けることすらあった。


 けれどそれは、経験したことがない者が無責任な想像で描いただけの理想論だ。現実に起こると、こんなにもショック受けるなんて思いもしなかった。本当に私って、どうしようもないバカだ……。


 蔑ろにされたことなどない。むしろ、この上なく愛され大切にされていた。お父様とお母様は私を分け隔てなく育ててくれたし、お兄様もこの上なく可愛がってくれた。この事実を、どこからか知るまでは。


 両親はお兄様の変貌を責めていたのだろう。しかし彼は当然のことをしたまでだ。使用人達だって、私の正体を知ればきっと態度を変える。アズィムもネフェロも、ステファニもどこの馬の骨ともしれない女など第三王子殿下の婚約者に相応しくないと掌を返す。



 私は、この家の異端。本来、いてはならない人間。

 何も知らずに両親の思いやりに胡座をかき、のうのうと生きてきた赤の他人なのだ。



 BL妄想で気を紛らわせるなんてことも思い付かず、私は見慣れた天井をじっと見上げ続けていた。そして偽りによって存在することを許された居場所で、ひたすら孤独を噛み締めた。


 不思議なことに、涙は全く出なかった。けれどその時、私は確かに泣いていた。




 来年で私は、十五歳になる。アステリア王国では、成人として認められる年齢だ。


 それを機に、この家を出よう。一年後にはお兄様が戻ってくるのだから、時期的にも丁度良い。イリオスとの婚約も、全てを明らかにすれば白紙にできるはずだ。王族に得体のしれない血脈が混じることなど、許されないはずだから。


 だからそれまでに、『クラティラス・レヴァンタ』が何者なのかを調べようと思う。もし本当の家族がいるのなら、その人に会ってみたい。


 春休みの間、素知らぬ顔で普段通りに振る舞いながら、私は密かに決意した。

 クラティラス・レヴァンタの出自の調査、そして一人で生きるために必要なスキルの獲得、この二つを一年の間にやり遂げてみせる、と。



 私の髪には、レヴァンタ家の紋章である狼のモチーフが施された髪飾りが留められている。そして左の薬指には、王家の紋章である虎のモチーフが刻まれた婚約指輪。


 悪役令嬢クラティラス・レヴァンタのトレードマークは、別れの時を思う私の気も知らずに、今日も無垢を装い、嘘の色で輝いていた。






【中等部二年生編】了



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