腐令嬢、貶められる


「ああ、そうだな……イリオス様の仰る通りだよ。私はケダモノだ。傍から見れば、鬼畜にも劣る所業であったろうからな。兄が妹を襲う、など」


「とっとと立ち去ってください」



 側にいたイリオスが、鋭く告げる。お兄様はイリオスを一瞥したのみで、構わず続けた。



「もう良いと思っていた。あれほど突き放したのだから、諦めてくれると思っていた。なのに頭の悪い妹は、いつまでも追い縋る。だからこうなれば徹底的に、二度と私に近付きたくなくなるようにしてやったのだ。なのに」


「失せろと言っているんですよ!」



 さらに厳しい声色で言い放つとイリオスは立ち上がり、再びお兄様へと向かって行った。


 ちょっとちょっと、これじゃまた危険に逆戻りじゃん!



「何を焦っておられるのですか、イリオス様。ご安心ください、私はクラティラスなどに興味はありません。口づけをしたのは、先にも申しました通り、ただの嫌がらせです。なのにこの女、相手は私だというのに、ろくな抵抗もせず大人しくされるがままになっておりましたよ。兄でなければ、足まで開いたかもしれませぬな」


「口を閉じろ、ヴァリティタ・レヴァンタ」



 イリオスに胸倉を掴まれ凄まれても、お兄様は平然と笑っていた。


 いや、嗤っていたのだ。イリオスを、私を、そして自分を。



「……な、何でそんなひどいこと言うの? どうしてあんなひどいことしてまで、私を遠ざけようとするの? 私、お兄様に何かした? ダメなとこあるなら、無視しないで言ってよ……頑張って直すからぁ……」



 必死に問いかけている内に、また涙がこみ上げてきた。決して自慢できる妹ではなかったと思う。けれど、ここまで疎まれるからには相応の理由があるはずだ。


 私がそれすら悟ることができないバカだから? そういうところが嫌で嫌で、顔を見るのも嫌になって、婚約者の前でも貶めようとしているの?



 やっぱりもう二度と、お兄様とは仲良しに戻れないの……?



「直す? 直せるものか。どれだけ努力しようと、この世にはどうにもならぬことがあるのだ。わからぬか? ならば教えてやろう」



 お兄様の強い声に、私は涙に濡れた顔を上げた。


 冷気が、ひやりと頬に染みる。例年より低い気温のためじゃない。お兄様がこちらに向けた目がこれまで見た中で最も冷ややかで、まるで別人のように見えたからだ。



「クラティラスさん、聞かなくていい。この人の言うことは……」



 イリオスが横入りして止めようとする。



「お前は、私の妹ではない。お前は、この家の……」



 けれどお兄様は、イリオスを振り切り、言葉を発した。が、最後まで言い切ることは叶わなかった。イリオスによって、石畳に叩き付けられたせいで。


 投げ倒しただけでは飽き足らず、イリオスはお兄様を無茶苦茶に蹴り始めた。全身から殺意を迸らせながらも、恐ろしいほどの無表情で、機械のように暴力を振るい続ける姿は、いつか見た江宮えみやと全く同じだった。



「ちょ、やめて、エミ……イリオス! もうやめろって! バカ、お兄様を殺す気!? 誰か、誰か来て! イリオスを止めて! お兄様が死んじゃう!!」



 私の叫び声を聞きつけ、レヴァンタ家から使用人達と両親、そしてステファニが、また離れた場所に車を停め待機していた王家専属の護衛達も一気に集まってきた。そこでやっと我に返ったようで、イリオスは彼らに止められる前に身を引き、大きく溜息をついて空を仰いだ。



 何かを乞い祈るように、仄白い光を落とす朧月を見上げるその姿は、ゲームのイリオスでも見たことがないほど不気味なまでに美しく――――私の目には神々しくも禍々しくも映った。




 聞けばイリオスは、カフスボタンを落としたことに気付き、こっそり城を抜け出して取りに来たのだという。そこですぐに戻ると告げて邪魔になる護衛を置き、一人でレヴァンタ家に入ってきたところ、お兄様の私に対する暴挙を目撃してしまったらしい。


 運が良かったのか悪かったのか…………お兄様にとっては、間違いなく不運の一言に尽きるだろう。フルボッコにされたのに休むことも許されず、イリオスの護衛達に押さえ付けられる形で応接室の椅子に座らされているのだから。



「たとえ兄とはいえ、第三王子の婚約者に対する暴言、並びに暴行は見過ごせません」



 同席しているお父様とお母様も『兄妹二人の名誉を守るため』という名目で何が起こったかは知らされていない。並んで座らされた娘と息子に不安げな視線を送るばかりの両親に、イリオスは静かに告げた。



「ヴァリティタ・レヴァンタは、国外追放とします」



 お父様とお母様が目を見開き、凍り付く。

 しかし彼らの様子に全く動じることなく、イリオスは無表情のまま続けた。



「但し、期限は一年。ヴァリティタ様はヴォリダ帝国に留学予定だったとのことですが、魔法の発達したヴォリダではアステリア王国の監視が及ばない危険性があります。ですので比較的目の届きやすいプラニティ公国の姉妹校に即刻手続きをし、そこへ編入するように」



 思わぬ裁定に、お父様とお母様はぽかんとしてイリオスを見つめた。私も同じくだ。



「休暇に戻ることは、特別に許しましょう。しかし我が婚約者クラティラス・レヴァンタとは当面の間、ステファニを介して接してください。以上です」



 これって……もしかしなくても、ただの編入先変更だよね?



 でもお兄様の希望と両親の希望、両方の妥協点を取った結果になったんじゃない? レヴァンタ家の大騒動が、一気に解決しちゃったよね?



 すっごーい! イリオスってば、時代劇の名奉行みたい!

 やるじゃん、正義のヒーロー・オタイガーXの進化版、真のプリンス・イリオスZ!!

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