腐令嬢、泣き笑う


「えっと……すごくビックリした顔してますけど、やっぱり似てませんか? そう、ですよね……僕も描いてる内にどんどん自信がなくなっていきましたし」



 しょぼんとイリオスが肩を落とす。


 ああああ……そんな悲しい顔すんなよぅ!

 可哀想すぎて『お前の中の大神おおかみ那央なおは化物を通り越して殺生石から湧く瘴気的な存在だったのか』なんて言えないじゃん!



「ソソソ、ソンナコトナイヨー! こんな美人に描いてもらえるなんて思わなかったダケダヨー! トッテモウレシイヨー!!」



 仕方なく私は無理矢理笑顔を作り、イリオスの周りをバンザイしながら飛び跳ね、懸命に喜んでますよアピールをした。その甲斐あって、イリオスはすぐに笑顔を取り戻してくれた。



「それじゃあ、是非お部屋に飾ってください。そうですね、この辺の壁なんてどうです? 前に来た時も、この空間に物足りなさを感じて、何か置けばバランスが良さそうだと思ってたんですよねー」



 が、イリオスの提案に、私は両手を掲げたポーズのまま固まった。


 ウソでしょ……? 飾る? 私の部屋に? この呪いの絵として後世に語り継がれてもおかしくない代物を!?


 私は慌てて彼に駆け寄り、必死に首を横に振った。



「いやいやいや、ダメだよ! だだだだって、せっかくの絵が傷んじゃうじゃん!? ここここれは大切に保管するよ! 丁度いい額縁もないし!?」


「あ、それなんですけどね」



 そう告げてイリオスはいそいそとドアから出ていったかと思ったら、すぐに戻ってきた。その手には、何とピッタリサイズの額縁が!



「もし気に入っていただけなかったら、邪魔になるだけだと思って隠してたんです。額縁自体は職人に作ってもらいましたが、装飾は僕が手掛けました。世界にたった一つの額縁ですぞ!」



 見ると、枠にはこれまた絵に似合いの気持ち悪い模様がうねうねと隙間なく描かれている。


 ダメだ……ひどすぎて涙出てきた。でも断れない。


 だってイリオス、すっごく嬉しそうなんだもん! こんなに嬉しそうに笑う江宮えみや、前世でも見たことない!!



「あはは……何から何までありがとー…………」



 泣きながらお礼を言うと、喜びのあまり感涙していると勘違いされたようだ。イリオスは激しく狼狽えつつ私を慰めながら、ドアの外で待機していた護衛に命じて早速お誕生日絵を私の部屋の一角に設置させやがった。周りが危ないと止めるのも聞かず、本人も張り切って手伝ってたよ……。



 祝いに来たのか呪いに来たのか、とにかく役目を終えると、イリオスはウキウキと帰っていった。


 すぐにステファニも絵を見に来たけれど、『常人の理解を超越した超芸術ですね』と苦しい言葉を残して、さっさと出て行ってしまった。あまりのヤバさに、引いたんだろうな……いつもみたいな無表情を貫けなくて、頬がやや引き攣ってたし声も若干震えてたし。


 再び部屋に取り残された私は、イリオス作の肖像画をなるべく見ないようにして、再び読書を始めた。しかし存在感がありすぎて、どうしても気になってしまう。


 けれどそうして夜まで過ごすと、悪くないかなという気持ちになってきた。ひたすら気持ち悪いんだけど、何かクセになる感じなんだよね……ほんと不思議。あいつ、意外と才能あるのかも。


 また何か描いてもらおう。今度は私からモチーフをリクエストして、お礼にお菓子を作ってあげて……と思案を巡らせながらクローゼットを開け、床板下に作ったエロBL絵の隠し場所に向かって身を屈めた時だった。カーペットの隅っこに何か光るものが落ちているのを発見し、私は小さく声を漏らした。



「……カフスボタン?」



 小さな金属のそれには、見覚えのある刻印が施されていた。私の指輪と揃いの虎のモチーフ――王家の紋章だ。


 間違いなく、イリオスのものだろう。彼は自ら申し出て護衛達と一緒に、絵の設置を手伝っていた。上着を脱ぎ、シャツを腕捲りしていたから、その時に外れてしまったに違いない。


 大事なものっぽいし、早めに知らせた方が良いよね。夕食はもう済んだけれど、お父様はまだ居間でお母様と食休みしているはずだ。いろんな鬱憤を晴らすかのようにすんげー食べてたせいで暫くは動けなさそうだったから、今の内にとっとと相談してこよう。


 カフスボタンをポケットに入れ部屋を出た私は、しかし思わぬ人物に遭遇して立ち竦んだ。



「お、お兄様……?」



 誰も騒いでいないところから窺うに、こっそりと戻ったのだろう。お兄様は明らかにしまったという顔をしてさっと踵を返すと、早足で廊下を戻り、階段を降りていった。慌てて私も後を追う。


 玄関には、いつも控えている年若いフットマンの姿があった。しかしお父様達に伝えるなと言い含められているようで、彼はお兄様が通り過ぎても頭を下げるのみだった。代わりに私には申し訳なさそうな目を向けてきたけれど、今は構っていられない。


 玄関を出ると、私は初めて大きな声で呼び止めた。



「お兄様、待って!」

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